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琉球人民党の肩持つ新報 50年代の武装闘争を黙殺

《 沖 縄 時 評 》

民政府の機関紙不許可は適切

琉球人民党の肩持つ新報 50年代の武装闘争を黙殺

琉球新報12月31日付1面(中央)と、中国の国産空母建造の記事(北京共同12月31日)を3日付で小さく載せた琉球新報8面(右の円内)と沖縄タイムス4面(左下の円内)

 「ルビンの壺」という絵をご存じだろうか。黒地の画面に白地で大型の壺(盃)が描かれているが、黒地を図柄としてみると、壺ではなく、向き合った2人の顔に見える。「若い女性と老婆」という絵もある。こちらは若い女性の横顔が老婆の横顔にも見える。隠し絵(だまし絵)だ。見方を切り替えられない人にとってはいくら眺めても片方の絵しか見えてこない。

 物事を一面だけで見ていると、別の面を見落とす罠にはまる。沖縄の新聞(沖縄タイムス=以下、タイムス、琉球新報=同、新報)は読者をこの罠にはめようとしている。

 本紙元旦付ビューポイントで星雅彦氏(沖縄県文化協会顧問)が指摘するように2紙は連日、批判の渦を作って狂ったように反対運動を巻き起こし、「膨大な同一性の集団的な意見」をもって沖縄を「全体主義的な空気」で覆おうとしている。

 2紙の報道姿勢は新聞倫理綱領から大きく逸脱している。同綱領は「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」とするが、2紙は「真実の追究」を怠って一面でしか物事を伝えず、「正確かつ公平」とは言い難い。「個人の立場や信条」すなわちイデオロギーを紙面に持ち込んでいる。それを直近の紙面から見てみよう。

◆共産党と同一政党

 大晦日(12月31日付)の新報の1面トップ記事は、米統治下の1953年から56年までの間に琉球政府が扱った文書を県内の男性が保存していたとするスクープ記事だった。

 これを「米の言論統制記す “暗黒時代”解明の鍵に」と報じ、中面には「復帰運動 強く警戒」との解説を載せた。発見されたのは約3900枚に及ぶ大量の出版申請書や決済書類で、民政府が共産主義や復帰運動を強く警戒し、却下を連発した様子が浮かび上がったとしている。

 とりわけ琉球人民党(後の沖縄人民党)の瀬長亀次郎氏が政党機関紙の発行を申請した際のやりとりに注目する。ブラムリー民政官は人民党を「共産党と同一の目的を有する政党」と断じ、「発行を許可することは、保安、真実、平和ならびに健全な政府のために共産主義と闘っている人々にとって良策とは言えない」と発行を拒否、申請が不許可となったとし、これをもって暗黒時代の言論統制の代表例と論じている。

 だが、単純に暗黒時代と決めつけるのは一面的すぎる。人民党は沖縄の本土復帰後、日本共産党に合流しており、ブラムリー民政官の指摘は正鵠を得ていた。

 それに50年代初め、共産党はコミンフォルム(国際共産党=コミンテルン=の後継組織)の指令に従い、「51年綱領」を採択し、北朝鮮の南侵(朝鮮戦争)に呼応し国内で武装闘争(火炎ビン闘争)を繰り広げた。

 朝鮮戦争は53年7月に停戦したものの、毛沢東は「唯武器論」を堅持し、次なる標的を台湾に据えた。事実、58年8月には台湾が実効支配する金門島などに対して砲撃戦を展開(『世界軍事史』原書房)。両島を奪い、そこを足場に蒋介石を台湾から追い落とそうとした。蒋介石はいざとなれば、沖縄に逃げ込む算段だった。当時の沖縄は朝鮮戦争が終息しても緊張が続いていた。

 新報が見落とすのは冷戦下にあって共産主義(全体主義)の脅威から自由をどう守るかという視点だ。その要が軍事力なのは疑いようもない。朝鮮戦争では国連軍(米英など16カ国軍)が参戦しなければ、朝鮮半島は容易に共産化されただろうし、金門島も米軍と台湾軍が奮戦しなければ、共産中国の手に落ちた。

 沖縄と同様に米軍が駐留していたドイツ(西独)は、主権回復した55年に早々と再軍備に踏み切り、ドイツ基本法(憲法)で自由・民主主義を否定する政党や団体の活動を禁止、連邦憲法裁判所は56年にドイツ共産党が該当するとして非合法化した。これは「戦う民主主義」と呼ばれる。

 新報流に言えば、ドイツこそ暗黒時代ということになるが、そういう記事は見かけない。沖縄の米軍だけを悪者に仕立てるのは共産主義を「善」とするからか、いずれにしてもイデオロギー的捉え方としか言えまい。

 現に沖縄では共産主義が闊歩(かっぽ)している。普天間飛行場の辺野古移設に反対する「オール沖縄会議」の幹事団体に社民党県連、共産党県委員会、社大党、生活の党の4政党が加わっているが、社民党と共産党はれっきとした共産主義政党だ。

 共産党は冷戦後、「現実・柔軟路線」に転じたとして党規約から「前衛政党」「社会主義革命」の表現を削除し、04年には43年ぶりに党綱領を全面改訂したが、これらは字句だけの変更にすぎず、中身はまったく変わっていない。

 相変わらず米帝(米国)と日帝(日本)の「二つの敵論」(宮本顕治元委員長による)の「二段階革命論」(この起源はレーニン)を踏襲し、「敵の出方論」(敵の出方いかんによっては暴力も使う革命観)を放棄していない。中国共産党と何度も共闘した歴史を持つ。

 社民党は96年に社会党が名称変更した政党だが、社会党時代から反安保・反自衛隊を掲げ、党内には親ソ派や親中派、親朝派、極左派等々の共産主義セクトが蠢いていた。

◆中国の脅威は封印

 それらセクトが全国から沖縄に押し寄せている。それが「オール沖縄会議」のオールの実態であるにもかかわらず、新報もタイムスも「オール沖縄」の機関紙と化し、中国の脅威についてほとんど報じない。

 例えば12月31日、中国国防省の報道官は初めて公式に国産空母の建造を認めた。これを本土紙は元旦付で報じた。例えば読売は総合面と国際面で「東シナ海や南シナ海を巡って対立する周辺国に対し、一層の強硬姿勢に出ることが懸念される」とした。東シナ海は沖縄にほかならないが、2紙の元旦付にはどこにも載っていない(3日付に小さく報じた)。

 また中国国防省は1日、「ロケット軍」「戦略支援部隊」「陸軍司令部」がそれぞれ発足したと発表した。ロケット軍は核戦略を担う第2砲兵(戦略ミサイル部隊)を改称したもので、名称が「軍」となり、陸海空軍と同格に引き上げられた。これも本土紙は3日付で大きく報じたが、2紙の3日付には載っていない(新報は6日付でようやく報じた)。

 翁長雄志知事が昨年4月に訪中し、李克強首相と面談した際、尖閣諸島への中国船侵入について一言も抗議しなかったように「オール沖縄会議」つまり翁長陣営は中国の軍事脅威に沈黙しているのだ。

 周知のように、中国は89年の天安門事件以降、四半世紀にわたって毎年、実質的2桁増の大軍拡を続けてきた。これを問題にしないで、安保政策も米軍基地問題もない。ところが、翁長陣営は不問に付すのだ。

 タイムス元旦社説「辺野古正念場 安保政策 根本から問え」は安保を論じながら、中国の脅威は語らない。唯一、書かれていたのは「沖縄が中国の弾道弾ミサイルの射程に入り、沖縄に基地が集中するのはリスクが増す」の一文だけ。中国の軍拡を容認し、まるで軍事恫喝に屈せよと言わんばかりの書き方だ。

◆公平なき地元2紙

 新報の元旦社説「さらに平和希求を」も中国の軍事脅威を黙殺した。安倍首相は17年に憲法改正の国会発議を目指して今夏の参院選後に改憲論議を加速させたい考えだとし、「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に伴う新基地建設も、この危険な流れと無縁ではない」と論じ、中国の軍拡の危険な流れについては一顧だにしない。

 そして「この動きを止めることができるのは主権者たる国民である。ことしは参院選をはじめとする選挙の年でもある。平和について深く考えて投票することで、主権者としての責任を全うしたい」と、公然と反安倍の投票を呼び掛けた。もはや沖縄2紙には「公平な報道」は存在しない。

 冒頭で紹介した「ルビンの壺」も「少女と老婆」も、視点の切り替えができない人はひとつの絵しか見えず、別の絵はけっして見えない。それでひとつだけだと確信的に言い張る。一面的報道(つまり偏向報道)をもってそのように仕向ける新報とタイムスの「だまし記事」の罠に落ちてはなるまい。

(増 記代司)

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