«
»

GSOMIA破棄決定 日韓米の連携崩壊の引き金に

文政権の「思想」「自尊心」の表れ

 月刊誌11月号は日韓問題の特集で埋め尽くされている。「韓国が敵になる日」(「正論」)、「日韓相克」(「文藝春秋」)、「日米韓の断層」(「Voice」)、「韓国という難問」(「中央公論」)などだ。韓国の文在寅(ムンジェイン)政権による軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄決定が背景にある。

 GSOMIAは、同盟など親しい関係にある国と国が秘密情報を第三国に漏洩(ろうえい)しないことをお互い保証する協定だが、韓国政府は8月、日本政府が輸出手続き上の優遇国(ホワイト国)から韓国を除外したことに対する対抗措置として破棄を決定した。

 このまま11月23日の失効に至った場合、韓国も日本からの情報が得ることができないばかりか、日韓の準同盟関係、そして米韓同盟の崩壊の引き金になると指摘されている。冒頭の特集を見ただけでも、論壇の衝撃の大きさが分かる。

 韓国で文在寅政権が発足して以来、その「反米親北」路線に警鐘を鳴らす有識者は少なくなかったが、GSOMIA破棄決定で、日米韓の連携から離脱する同政権の戦略があらわになったとの見方が広がっている。

 継続か破棄かの決定に際して、韓国の外交・国防の担当者は継続を主張したが、左派の学生・市民運動出身者が過半数を占める青瓦台(大統領府)が破棄で押し切ったと伝えられているが、それは文在寅政権の思想傾向をも示してる。

 同志社大学教授の浅羽祐樹は「大統領官邸にいるのは八〇年代に大学に通った六〇年代生まれで、現在五十代の『八六世代』と呼ばれる人たちです。

 二十代の時に民主化運動で全斗煥政権を打倒して今の憲法を勝ち取ったと自負しています」(『最も近くて遠い国』の論理と心理」=「中央公論」)と述べている。冷戦構造の下、共産主義(北朝鮮)との戦いの名目で「人権抑圧」を経験した人間が、西側陣営のリーダー米国に恨みを募らせ「反米」に傾いたことは容易に察しが付く。

 だが、冷戦終結後、多極化して対立軸が複雑となった世界情勢においては、政権中枢のイデオロギーだけで政策決定されるという単純な状況ではなくなっている。この点、示唆に富むのは「Wedge」11月号の特集「ポスト冷戦の世界史」だ。その中に、英「エコノミスト」元編集長ビル・エモットに対するインタビュー「米中二極型システムの危険性 日本は教育投資で人的資本の強化を」がある。

 聞き手の国際ジャーナリスト木村正人は「フランスの国際政治学者ドミニク・モイジ氏は希望、恐れ、屈辱によって世界が形作られる『感情の地政学』を語った。文化や感情が世界の変化に与える影響をどう見るか」と尋ねた。

 それに対して、エモットは「私ならそこに国家としてのアイデンティティーを追加する。それは政治的にも社会的にも新しいものではない。冷戦中は旧ソ連の共産主義圏と欧米の資本主義圏との分断によって、国民的なアイデンティティーや、歴史・領土問題、ナショナルプライドやその国固有の文化といったより感情的な問題に向かう自然な傾向が抑制されていた。冷戦の終結によってアイデンティティーが解放され、フラストレーションが高まり、歴史的な失敗により屈辱感を抱くようになった」と語っている。「近年では、国家のアイデンティティーだけでなく宗教的なアイデンティティーも重要になってきており、状況がより複雑になっている」とも。

 GSOMIAに話を戻そう。「文藝春秋」は、「八六世代」ではないが、文在寅政権の外交・安全保障問題におけるブレーン文正仁(ムンジョンイン)・韓国大統領府統一外交安保特別補佐官に対するインタビュー記事を掲載した(「安倍首相よ、なぜ韓国が敵対国なのか」)。GSOMIA破棄の正当化とだけ見ず、エモットの指摘と重ねながら考えると、興味深い。

 日本が韓国をホワイト国から外したことについて「輸出規制というカードをあまりにも早く使ったのではないか。日本が掲げた名分は、韓国をほぼ敵対国とみなすのと同等ですが、これに韓国人はかなり傷ついた」。こうも続ける。「もちろん日本が私たちより大きな国というのは認めますが、韓国も小さな国ではない。過去のように貧しい国ではないので、韓国人のプライドも少し立ててあげる必要があるのではないか」

 韓国人の自尊心の強さを熟知する日本の専門家も文在寅政権の感情的な面を見落とさない。慶應義塾大学教授の西野純也は、「GSOMIA終了決定の理由として『国家的自尊心』が語られたのは、日本が依然として韓国を小国扱いしているとの認識に基づく不満の表明であり、強い異議申し立てなのである」(「日韓関係の『出口』はどこにあるか」=「外交」Vol.57)と分析した。

 これに加え、西野は「朝鮮半島を取り巻く地政学的状況に対する認識」が米露中日の「四強」から「米中G2」へ変容する中、日本の位置付けが曖昧なものとなったことに加え、「高度経済成長と民主化、さらには一九九〇年代末のアジア経済危機を乗り越えたという成功体験により、韓国はミドル・パワー外交を展開できる『中堅国』になったと自己を規定するようになった」ことも、韓国政府が対日関係の優先順位を下げた要因と見ている。

 むろん、日本側からすれば、韓国を「ホワイト国」から外したのは、輸出管理上の問題であって、それを「輸出規制」「ほぼ敵対国とみなす」のは過剰反応である。輸出管理が適切に行われるように制度の不備を是正すれば、ホワイト国復帰も可能となるのだから、文正仁の発言は論点ずらしに聞こえる。

 従って、元外務次官で、駐米大使を務めた佐々江賢一郎の次の見方には正当性がある。「これは、あくまでも輸出管理上の話であって、実際にすぐ半導体の品目の規制とか禁止をするわけではない……問題は、これを、単なる輸出管理上の問題ではなく、政治的な報復だと韓国側がアジテーションしたところにある」(「日韓は一九六五年、九八年の取り決めに立ち返れ」=「中央公論」)

 一方、文正仁の発言は、反米路線から日韓対立がさらに深刻化する危険があることも示唆した。「GSOMIAは、実はそれ自体は重要ではありません……日本が我々を信用しないなら、我々も日本を信用しないしかない。簡単なことです。アメリカが何と言っても、継続は難しいでしょう」

 韓国のGSOMIA破棄決定で、識者の多くが冷戦構造の感覚から「想定外」と驚いたのに反して、京都大学名誉教授の中西輝政は、日本政府が「ホワイト国外し」を閣議決定した時、「韓国は『これ幸い!』とばかりに、必ずGSOMIA破棄のカードを切ってくるだろう」と予測した(「韓国を『敵陣営』に回してよいのか」=「Voice」)。なぜなら、「文在寅政権、少なくとも文大統領とその側近は、当初から、北朝鮮との関係改善をめざして『GSOMIA破棄』を目論(もくろ)んでいた」と考えていたからだという。「日米韓という東アジア安保の機軸は、むしろ一層強固にしなくてはならない」情勢の中で、韓国にGSOMIA破棄の口実を与えてはならなかったという指摘である。文在寅政権の思想や国民感情、その他の要因も考慮した上で、GSOMIA破棄まで想定しながらホワイト国外しを決定したのか。わが国の外交力を計るポイントであろう。(敬称略)

 編集委員 森田 清策

1

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。