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国民が生活した固有の領土

きょう40回目の「北方領土の日」

領土・主権展示館が再開

 きょう第40回目の「北方領土の日」を迎えた。日本とロシアは、1855年2月7日に日露通好条約で国境を択捉島とウルップ島の間に定めた。以来、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の北方四島はわが国固有の領土であり、政府は1981年にこの日を北方領土の日と定めた。

 第2次世界大戦末に日ソ中立条約を破り対日参戦したソ連が、終戦後の45年8月28日から9月5日の間に不法占拠した北方領土の返還を求め、ソ連から91年に体制移行したロシアとの間で長い交渉が今日も続いている。

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北方領土の戦前の映像と島民らの生活道具の展示(主権・領土展示館で)

 今年の北方領土の日を前にして注目されたのは、1月21日に内閣官房領土・主権対策企画調整室が東京・霞が関に再開設した「領土・主権展示館」だ。最寄りの駅は東京メトロ・虎ノ門駅で、虎ノ門三井ビルディング1階の700平方メートルのフロアに北方領土、竹島、尖閣諸島について写真、映像、新聞、古文書や外交記録、島民らの生活道具の品々など資料が展示してある。

 北方四島には約1万7000人の島民が大戦前に居住しており、日本の光景そのままの町や村落、市街地があった。捕鯨などの漁業、海産物加工工場で働く人々、子供たちは学校に通って授業を受け、運動会などの楽しい行事もあったことを伝えている。

 展示館は始め、2018年に東京・日比谷公園内にある昭和初期のレンガ造りの建造物である市政会館の地下に設置されたが、室内は100平方メートルと手狭なため移転しリニューアルした。わが国が自らの主権や領土について国際法に照らして正しく主張すべきは主張する、正確な情報を国民に知らせ、国際社会にも発信していく拠点を設けたことは重要なことだ。

 しかし、ロシア外務省は同28日に在露日本大使館関係者を呼び出し、展示館の再開設に抗議したことが報道されている。ロシア側は北方四島占拠を「第2次大戦の結果」と主張するが、連合国の対日講和条約であるサンフランシスコ平和条約に調印しておらず、現状の「結果」は国際法違反の侵略をした結果である。第2次大戦の戦後処理は領土不拡大の原則でなされており、日露の平和条約交渉もこの原則の下に行われなければならない。

 そのための交渉を、これまで日露両国の首脳同士で行ってきた。が、四島の帰属問題の解決について話し合われたエリツィン大統領時代、色丹島・歯舞群島の平和条約締結後の引き渡しに触れた1956年日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速するとしたプーチン大統領と安倍晋三首相との18年シンガポールでの会談、その後の「戦争の結果」と開き直ったロシア側の対応の変化に後退が懸念される。

 ロシアはウクライナの国土であるクリミア半島のクリミア自治共和国を14年に併合し、国際社会から非難を浴び、経済制裁を科される中で領土問題に以前にも増して強硬姿勢に転じている。また現在、任期を控えたプーチン大統領は憲法を改正し、統治機構の仕組みを変えようとしており、今後、ロシアは権力をめぐり政治の季節に入ろうとしている。

 そのような中にあっても、わが国は忍耐強く正当な主張と地道な交渉を繰り返さなければならないだろう。

 また、人間の記憶は時間とともに遠のいてしまうものだ。政府が一昨年12月にまとめた世論調査では、北方領土について「聞いたことはあるが、現状まで知らない」が31・3%、「全く聞いたことがない」が1・0%だった。まだ3人に1人は北方領土問題についてよく知らないということになる。しかも、40歳未満の若い世代になると、両回答を合わせた割合は4割を超えている。今後ますます北方領土返還運動の重要性が高まるとともに、領土・主権教育が急務である。

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