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校長の指導力

 駅伝、サッカー、ラグビーなど、年末年始には高校生によるさまざまなスポーツ大会が行われる。ある高校で、駅伝の全国大会に参加する選手たちの壮行式が行われたというニュースがテレビで流れていた。

 その画面に映し出された光景に思わず目を見張った。壇上で応援団からエールを送られたあと、選手たちが降りる時だった。正面壁に掲げられていた国旗と校旗に向かって、一人ひとりが深々と頭を下げていたのだ。

 国旗に敬意を表すマナー教育はその学校の伝統なのだろう。それは私立高校だから可能になったのかもしれない。ただ、そうした条件があったにしろ、教師たちの指導という弛(たゆ)まない努力があって初めてその伝統は受け継がれているのであるし、それを支えているのは、学校運営に責任を持つ校長の信念と指導力である。

 中学・高校で、薬物乱用防止についての講演活動を行っているボランティア団体の責任者がこんなことを語っていた。一度講演した高校に、数年後に再び訪れた時、生徒の様子が大きく変わっていることが珍しくないという。

 以前は、講演にまじめに耳を傾ける生徒たちだったが、2度目に行った時には私語が多く、会場がざわついている。その逆に、生徒の態度が見違えるように良くなったということもある。そんな場合、大概は校長が代わったために起きる変化なのだそうだ。

 教育委員会の存在が形骸(けいがい)化していることから、教育行政の権限を教育委員会から自治体の首長に移そうという案が出ている。何事においても、責任の所在が曖昧なところが日本の組織の欠点なのは事実だ。

 したがって、責任の所在の明確化は重要である。ただ、現状の中でも、校長の指導力や力量を高めるだけで、学校の雰囲気は大きく変わるのではないか。教育再生も、まずは隗(かい)より始めよ、である。(森)

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