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エイズと人権

 次女(中学3年)が宿題として、学校から持って帰ったプリントを読んでいたら「エイズ」の文字が目に飛び込んできた。エイズと言えば、感染の恐ろしさを思い浮かべたが、それがテーマではない。「公民」の中で、感染・患者への差別が現代社会の人権問題の一つとして並んでいたのだ。  すべての人間への差別をなくすことについて、異論を唱える人はいないだろう。その一方で、エイズ感染リスクの高い行為に対する警鐘はしっかり鳴らしているのか、とも疑念も沸いてきた。

 世界的にみると、エイズ感染・患者数は減っているが、日本では逆に悪化している。原因は明らかだ。

 国民の関心が薄れて、検査をする人が減っている。その結果、感染に気づかない“隠れ感染者”が増え、それがさらに感染を拡大させているのだ。問題は、なぜ関心が薄れたかだが、その背景に、患者・感染者の人権重視に偏った教育があるように思う。

 近年は感染が一般の人にも広がる一方で、新薬の開発で、HIV感染しても発症を抑えることができるようになった。このため、かつての「死の病」は誰もが感染する可能性のある「普通の感染症」と言われるようになった。

 加えて、エイズの悲惨さを強調すれば、感染・患者への差別が生まれるとして、感染の恐ろしさは強調されなくなっている。これがエイズに対する日本人の関心を薄れさせているのだ。

 新薬が開発されたとは言え、感染すれば一生薬を飲み続けなければならない。エイズに対する関心が薄れたことで、発病してはじめて感染の事実を知る人も多い。そうなれば、人生が大きく変わってしまう。

 だから、感染リスクの高い男性同性愛行為や不特定多数との性行為などが、どれほど危険であるかを教えることを怠ることの愚かさは今も変わらない。

(森)

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