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教育国債を第二の矢の柱に

昨年12月26日に本欄で、大学給付型奨学金について国債で負担すべきではないかという提言をしたが、自民党が「教育国債」を提案する構えを見せて、にわかに現実化する可能性が高くなったので改めて趣旨を明確にさせておきたい。
現在の財政法は、建設国債しか発行できないという建前である。ハコモノや道路は現金で創るよりも借金に頼る方が世代間の公平に資するからだ。それに対し、経常経費は今現在、それを使う世代が負担すればよい。財政法の考え方は基本的には正しいのだが、その為に必要以上にキレイな建物や道路の創る一方で教育のための財源が中々用意できないのが我が国の現状である。その上、社会保障関連の経費は義務的経費と年々増えるので、結局、経常経費を税金で賄うことはできず、特別立法により赤字国債を発行して凌いでいる。
このような財政状況を根本的に改善するのが、教育国債だ。

教育国債の創設により、教育予算は社会保障費を始めとした他の経常経費と別枠になる。我が国の将来を考えた時の投資対象は、研究開発と教育しかないと多くの論者が指摘するが、厳しい財政状況の中で文教予算だけ突出させる事は難しい。だが、建設国債とも赤字国債とも異なる第三の国債を創ることができれば、教育関係の予算は、その制約から逃れられる。世代間の公平という観点からも、研究や教育への支出が功を奏するのは、数年後や数十年後であり、将来世代が負担することはむしろ合理的だ。

アベノミクス第1の矢である金融緩和は概ね成功していると考えるが、第2の矢、第3の矢はまだまだ迫力不足である。とりわけ第2の矢の財政支出については2020年度にプライマリーバランスを黒字化するという政府目標との関係もあり大胆にできないでいる。しかし、それは安倍政権というよりも法体系の問題だ。現在の財政法を変えない限り、政府としても黒字目標を諦めて社会保障を拡大するか、無駄な公共投資をするしか手がないのである。だが、老人や田舎の土建屋に予算をバラまいた挙句に莫大なツケが残るのでは、景気が良くなる訳がない。より多くのお金を使われるべきは、今後ますます厳しくなる国際競争の中に放り込まれる若者達のはずだ。

よく指摘されているように、日本は先進国の中にあって教育関係の政府支出は最低レベルである。それでも、ここまで発展できたのは「例え自分達の生活を切り詰めてでも、我が子に教育を受けさせたい」という日本人の美徳に負うところが大きかったのではないだろうか。しかし、保育園の建設にまで反対する現代の中高年に、伝統的な美徳を求める事は困難である。

もちろん、安易な文教予算の増額は、文部官僚の天下り先を増やすのに貢献するだけになるだろう。教育国債を財源とする予算の使途については法律で厳格に範囲を定め、文部科学省から中立的な機関によるチェック機能を付けくわえることも忘れてはならない。そうした安全弁を施した上で、財政法改正か特別立法により「教育国債」制度を創設するならば、今一歩迫力の足りないアベノミクス第2の矢の柱になる事は間違いない。

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