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台湾教育界の礎作りに命を懸けた「六氏先生」

台湾教育界の礎作りに命を懸けた「六氏先生」

台湾の人々に感動を与えた教育への情熱「芝山巌精神」

【連載】台湾で祀られる日本人先覚者(9)

 台北市郊外の士林区に、たくさんの木々に覆われた小高い丘がある。MRT(台北捷運(しょううん))淡水線芝山駅から歩いて15分ほどであろうか。

 太い筆文字で「芝山公園」と彫り込まれた門柱2基の間の傾斜の急な石階段を上ると、そこに小さな広場があり、老若男女が太極拳やダンスの練習、森林浴を楽しんでいる。ここが「芝山巌(しざんがん)事件」と呼ばれる抗日事件の舞台となった芝山巌である。

 1895年6月、日本による台湾の統治が始まった直後のことである。文部省学務部長心得の伊沢修二は、初代台湾総督の樺山資紀に「台湾を統治するに当たって最も優先すべきは教育である」と意見具申した。伊沢は当時、音楽教育の分野で名を馳(は)せていた。卒業式ソングの定番「仰げば尊し」を作曲したとも言われている。


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