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主体的学び、子供の資質・能力の見取りを

 2012年8月の中央教育審議会答申では、児童・生徒が能動的に学ぶことによって「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る」として「アクティブ・ラーニング(AL)」という言葉が登場した。
 カタカナ言葉が独り歩きし、教育の現場で「分かりにくい」「具体的にどうすれば良いのか」という声が挙がった。現在では「主体的・対話的で深い学び」と言われている。

問われる先生の力量

 子供の伸ばしたい資質・能力を見極める必要がある。成績の悪い子供は、どこで躓(つまず)き、どこで退屈しているのか、その現状能力をよく見取るべきだ。

 教育研究会で授業を見学すると、方向性を持った授業を展開することはなかなか難しいと感じる。国立大学の附属小学校とか、都道府県の英語や動物飼育などの学習指定校になっている学校ですら、各教科の発言の時間になると、児童・生徒たちが思い思いのことを三々五々語り始め、収拾がつかなくなる場面を見掛ける。善しあしは別として、先生の発問で最終的には一つの方向性を見いだすことになるが、先生の力量が問われていることは間違いない。

 だが、全ての児童に均等に発言させるということは至難の業だ。引っ込み思案な子、私が私がと前のめりに発言する子、他人の意見に頓着しない子などさまざまだ。授業の内容が分かる子、まあまあ分かる子、ついていけない子と分けると、どこに焦点を当てて授業をしていくかが難しい。下の子に焦点を当てると、上の子は飽きてしまう。上の子を伸ばす授業をすると、ついていけない子はますます授業に関心がなくなってしまう。

 元文部科学省視学官である国士舘大教授の澤井陽介氏は「主体的・対話的で深い学び」を推し進めるための方策として「授業記録」の重要性を語る。授業1時限ごとの目標、教師の発問と児童の発言、板書内容を時系列で記録し、教師の問い掛けが届いているか、子供が見通しを持って授業に参加しているかを具体的に検討し、次の授業に生かしていくことが重要だと訴える。クラス単位だけでなく、個々の子供に対しても“見取り”をしていかなければならないと講演などで語っている。

 道徳が教科化され、小学校で英語の授業も導入される。現状ですら、授業の準備や雑務に追われ、休憩時間がほとんど無い状態の教師に、働き方改革を要求できるだろうか。個々の子供の能力を伸ばし、育てる環境とは程遠い状況にある。

専門職の活用が必要

 クラスの全責任を担任教師が背負うのは無理がある。「餅は餅屋」と言われるように、先生は「子供に教えるプロ」であり、子供の心理状況を手当てするにはスクールカウンセラーが必要だし、家庭の経済状況に関する問題の解決や行政とのタイアップにはスクールソーシャルワーカーが欠かせない。

 学校内の出来事に法的問題が絡む場合はスクールロイヤー、クラブ活動の指導は外部指導員に任せるなど、先生でなくてもできることは専門職を活用する“チーム学校”作りが必要だ。

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