ワシントン・タイムズ・ジャパン

旧約聖書の価値を蘇らせるユダヤ人思想家 M・ブーバーの研究

モーセの人物像、信仰を明らかに
伝承の核になる出来事取り出す

 知の巨人と言われた宗教社会学者、マックス・ウェーバーの『古代ユダヤ教』は、J・ヴェルハウゼンの研究を引き継いで、旧約聖書の最も古い部分は一番最後に書かれたものであって、物語は書かれた時代のさまざまな精神を表したものと位置付けた。

シナイ山中腹から「燃えるしばの茂み」の伝承地に立つ聖カテリーナ修道院を見下ろす

シナイ山中腹から「燃えるしばの茂み」の伝承地に立つ聖カテリーナ修道院を見下ろす

 モーセの「十戒」の成立年代は新しく、教育目的のために作成されたという。このような聖書批評学が進んだことで、モーセを歴史的人物として取り上げ、成し遂げたことの意味を明確にする学者はいなくなった。

 モーセ五書は粉々にされたかと思われたが、ウェーバーらの業績を踏まえて、まったく新たに、旧約聖書の価値を蘇(よみがえ)らせた人物がいた。最近、著書『我と汝』(講談社)が復刊されたユダヤ人思想家、マルティン・ブーバー(1878~1965)だ。

 基礎になったのはヘブライ語聖書のドイツ語への翻訳。信仰の問題を中心にして注解を書いていこうとしたがうまくいかず、最も重要だと思われる問題だけに限定して、論述を行うことにしたという。そして完成させたのが『神の王国』や『モーセ』『預言者の信仰』『油注がれた者』など聖書著作だ。

 ブーバーは1910年、ハイデルベルクでユダヤ教の宗教性について講演した時、その後の学生らとの討論会にウェーバーが現れて、こう言ったという。「ただ自分は宗教の学について語るのみで、宗教についてではないが」と。ブーバーは「私の書物も、決して直接信仰について語ろうとするのではなく、信仰についての知識をかたるにすぎない」と。さらに、信仰についての知識は、「信仰がそこに住まう、世界の果てに目を向けるときにのみ適切な仕方で与えられる」と加える(『モーセ』日本キリスト教団出版局)。

 二人のもたらした結果は、正反対の歴史像だった。

 ブーバーによれば、聖書は歴史資料とは性質が異なり、出来事も記述通りに起きたと考えられるわけではなく、説話という文学範疇(はんちゅう)に属するもの、という。当時、説話と歴史に関する学問が進み、深い洞察に道を開いた。

 つまり説話は、歴史的想起を後から変容したものではなく、出来事に直属する出来事であり、説話と歴史の編集は同一の地点、出来事から出ている、という発見だ。

 伝承は、元の形のものもあれば、修正されたり、創作が加えられたりして完全なものにされていくが、ブーバーの課題は、加えられたものをすべて剥ぎ取っていって、出来事に近い根源的核心に迫ろうとするもの。

 『モーセ』を扱った著作は「エジプトにおけるイスラエル」から始まる。考古学者らがくまなく調査しても、イスラエルが滞在した痕跡は見つからなかったというエジプトだ。

 だがブーバーは物語のモチーフに現れる世界史的関係に注目し、物語に保たれているイスラエルの特殊な実存に関わる現象を取り出して、強力な伝承の核を認める。

 「燃えるしばの茂み」での神の顕現の物語(出エジプト記3章)は圧巻である。ブーバーは、種々の資料文書から集成された物語であることを否定し、これが無比ともいえる純粋さを持った宗教的記録であることを読者に示す。モーセの神は、自然の中で、歴史的な出来事の中で、「現れる神、語りかける神、啓示する神として行為する」。

(増子耕一)

1

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。