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人間国宝の柳家小三治さん

落語家で人間国宝(重要無形文化財)の柳家小三治さんが亡くなった。81歳だった。リウマチ、糖尿病に加え、2017年には変形性頸椎症(へんけいせいけいついしょう)の大手術を受けるなど、体は決して丈夫でなかったが、病躯(びょうく)をおして高座を務めてきた。平成の名人の噺(はなし)をもう聞けなくなるのかと思うと寂しい。

イイノホールのこけら落としで行われた「にっかん飛切落語会」で高座を務める柳家小三治さん=2011年10月18日、東京都千代田区

イイノホールのこけら落としで行われた「にっかん飛切落語会」で高座を務める柳家小三治さん=2011年10月18日、東京都千代田区

独演会のチケットは即完売。新宿末廣亭など2階席まで満杯になった。出囃子(でばやし)に乗って現れた小三治さんが座布団に座り、湯飲みのお茶をすすったりするその一挙一動を、客は固唾をのんで注視する。

その口からどんな言葉が発せられるのか、期待と一種の緊張感まで漂う一瞬だ。そして噺が始まると、飄々(ひょうひょう)とした語り口、絶妙の間合いの中、観客は小三治ワールドに誘われていく。

人間国宝に認定された時は「私の勲章は寄席や落語会に来てくれるお客さま一人ひとりが喜んでくれること」とコメントしている。絶妙の間合いも、客とのコミュニケーションを何より大切に思うところから生まれたものだろう。

本題に入る前の「まくら」も大きな魅力だった。世相、私生活にまつわることが多く、批評精神が感じられ、立川談志と双璧だった。

同じ5代目小さんに弟子入りして、そこを飛び出て立川流を旗揚げした談志と、小さんの下で古典落語をみっちり学んだ小三治さん。2人はしばしば比較され、その味わいは異なるが、ともに古典の精神に現代感覚を加え、ファンの心をつかんで止(や)まなかった。

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