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あんパンは西洋と日本の調和を象徴している

 誰でもそうだとは言えないが、甘党ではないと自認している気流子でも、時々あんパンが無性に食べたくなる。そのあんパンは、日本で発明されたものである。

 考案したのは、木村屋(現木村屋總本店)の創業者の木村安兵衛とその息子。安兵衛は茨城県出身の元士族で、要するに武士の商法として出発したのが始まりだ。

 明治維新を通じて、武士の時代が終わり、禄を離れた武士たちはそれぞれの生きる道を探した。当時の様子を記した作家の塚原渋柿(じゅうし)の「明治元年」(柴田宵曲編『幕末武家の回想録』角川ソフィア文庫)によれば、悲惨な状況だったらしい。

 何しろ商売は初めて。原価計算もできず、見よう見まねで始めた酒屋、米屋、汁粉(しるこ)屋、蕎麦(そば)屋などは、資金を失って「多くは見る蔭(かげ)もなくなりました」というありさま。その中でもパンを売り出した木村屋が成功したのは、あんパンが売れたからだが、それだけではない。

 明治天皇があんパンを好まれ、宮内省御用達となったことが大きい。実は、明治天皇とこのあんパンを結んだのが、当時侍従だった山岡鉄舟である。以来、あんパンは日本を代表する菓子パンとなった。

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」は、幕末から昭和にかけて活躍し、日本資本主義の父となった渋沢栄一が主人公の物語。文明開化は西洋の技術で日本の文明を近代化した革命だったが、あんパンは西洋と日本の調和を象徴しているようで、いささか感慨深いものがある。

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