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明智光秀の55年の生涯と辞世とされることば

 明智光秀を描いたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は、今月7日に終了し、新たに渋沢栄一を題材としたドラマが始まった。「麒麟がくる」は、主要登場人物を演じる女優の降板騒動や、長期にわたる新型コロナウイルスの影響もあって大変な中、質を落とすことなく進行して無事終わったことは何よりだった。

 その光秀の辞世の後半部は「五十五年の夢/覚めて一元に帰す」だ。「55年の生涯は一期の夢だった。今は世俗の夢は覚めて、生死一元の心境だ」との意味だ。

 この漢詩は、中西進著『辞世のことば』(中公新書)に収録されているものだが、出典となった『明智軍記』は著者も成立時期も不明だ。だから「光秀の辞世とされる」というのが正確なところだろう。

 1582年に亡くなった光秀が「55年の生涯」と振り返るのだから、彼は1527年生まれということになるのだろうか。彼がどこで生まれたのか、正確なところは分からない。

 55歳とすれば、暗殺の相手である織田信長(享年48)よりだいぶ年長だ。「世俗の夢は覚めた」というのだから、本能寺の変後、羽柴秀吉との戦いに敗れて逃亡している時の歌だろうか。ちなみに秀吉は、本能寺の変当時45歳ぐらい。

 生死を超えた心境には違いないが、だからといって澄み切ったものからは遠い。追い詰められた上でのものとも思える。厳しい状況下を詠んだ歌だが、それが彼の生涯そのものだったと受け止めるしかないのが残念だ。

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