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「事実の重み」のため黒澤監督が「映画化断念」

 「映画製作で一番重要なのは脚本」と脚本家の橋本忍(2018年没)が書いている。「映画は監督のもの」との通念とは違った見解だが、橋本の書いた『複眼の映像 私と黒澤明』(文春文庫 10年3月刊/単行本は06年6月刊)を読むと、橋本説に納得する。

 1950年代前半の回想。黒澤監督で時代劇を製作する話が出て、橋本が脚本を担当することとなった。問題となったのは、江戸時代の食事の回数。文献を調べても歴史学者に聞いても、2食か3食か分からない。

 映画の企画上、昼食の場面が決定的に重要だったため「分からない」では済まない。加えて黒澤はリアリズムの監督だから、いいかげんなことはできない。橋本の結論は「映画化断念」となった。

 橋本がその旨を伝えると、黒澤は激怒した。異常なほどの怒りだったというが、断念の方向は映画会社も含めて変わらない。

 「事件の歴史はあるが、生活の歴史はない」との橋本の説得に、黒澤もやっと諦めた。食事の回数についての文献は見つかっていない。食事は全く日常的なものだから、そんなことをいちいち記録する者はいない。

 だから記録も史料も残らない。逆に、赤穂浪士の事件(1701~02年)は300年以上たった今も語り続けられる。人物像をキッチリと描き込むのが信条だったし、それが黒澤映画の価値でもあったのだが、その黒澤が映画化を最後は断念したのは「事実の重み」のためだった。

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