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「人の名前って何だろう?」と考えることは必要

 「オンリーワンを狙って珍しい子供の名前を考えたのに、マネされて腹立たしい」と述べる親の話を新聞で読んだ。珍名への強いこだわりが伝わってくる。だがまた、オンリーワンは名前で決まるのかとの疑問も残る。珍名であることと、その人物が個性的であるのは全く別で、個性はもっと複雑なものではないかという気もする。

 珍しい名前に対する親の強いこだわりが感じ取れるが、「個性的であってほしい」という願望は「平凡であってほしい」という逆の願望と同等にまっとうなものだ。特に最近の日本社会では、個性やオンリーワンが流行だ。

 だが、名前はその本人のものであると同時に、世間で流通するもの。その珍名に接した他人が「?」と思うこともある。ただ珍しければいいという方向以外の要素も、命名には働くのが普通だ。

 ペンネームや芸名と違って、本名ばかりは本人が決めるわけにはいかない。親をはじめとする関係者の責任で赤ちゃんの名前は決まる。

 親から付けられた名前を嫌って、社会生活で独自のネームを使う人もいる。その人物は有名人でも何でもないが、本名への嫌悪がよほど強いのだろう。

 戸籍上の名前と、社会で通用している名前の2種類を使い分けるのは面倒だろうとも思うが、本人には本人の選択があるのだろう。その人物は、戸籍名を変えようとまでは思っていないようだ。「人の名前って何だろう?」と考えることも、時には必要なのではないか。

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