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「ファン」として、何らかの理由でその作家に関心を持つことがあってもいい

 40年も前の話。「××研究会」という会が開かれた。「××」は当時の純文学系の人気作家の名前。今は故人だが、その時は作家本人も研究会に参加していた。会が終わる頃になって、司会者から「ひとことずつ」ということで、数十人の参加者全員が短いコメントを述べるように求められた。その中である中年女性が「ファンですから……」と語った。

 最初は何だかよく分からず、「だから何なんだ?」と思ったが、どうやら「自分はその作家のファンとしてこの研究会に参加しているので、それ以上コメントすることはない」という意味だと分かった。

 やがて会は終了したが、「ファン」という単語には驚いた。その作家は美男として知られていたが、芸能人でも何でもない。ファンと称するその女性も、彼の作品は読んでいるのだろうから、その点からのコメントもあり得たはずだと、その後しばらくは思った。

 しかしまた、長い時間がたった今振り返ってみると、作家に対する読者の立場としてファンというものがあっても不思議はないと思えるようになった。

 作家や作品についてコメントするのは苦手でも、何らかの理由でその作家に関心を持つことがあってもいいのではないかと思うようになった。

 研究会以来40年の歴史を顧みると、ファンと名乗る読者の存在は、むしろ増えてきているようでもある。とすればその女性は、案外時代を先取りしていたようにも思えてくるのだ。

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