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気流子に鑑識眼があるわけではないが、文豪…

 気流子に鑑識眼があるわけではないが、文豪の中には俳人としても評価されている人が少なくないことは分かる。俳人の長谷川櫂氏が読売に連載する「四季」で先月上旬、その一人である夏目漱石の句を採り上げた。

 漱石の『思い出す事など』は、伊豆の修善寺で明治43(1910)年8月に起こした大量吐血から帰還した「三十分の死」の体験を書いたもの。その中の10句をたどり解説している。

 <菊の雨われに閑(かん)ある病哉(かな)><別るゝや夢一筋の天の川><風に聞け何(いず)れか先に散る木の葉><萩(はぎ)に置く露の重きに病む身かな><冷(ひや)やかな脈を護(まも)りぬ夜明方(よあけがた)>……。生死の境から帰還したあとの漱石の心境が17文字に凝縮されているのがよく伝わってこよう。

 35歳の早世が惜しまれる芥川龍之介はどうか。よく知られる句を残している。<兎(うさぎ)も片耳垂るる大暑かな>は小欄でも登場したことがある。<篠懸(すずかけ)の花さく下に珈琲店(カッフェ)かな>の洒落(しゃれ)た一句、<初秋(はつあき)の蝗(いなご)つかめば柔かき>なども。

 今月10日に漁が終わり、下旬まですだれ干しされる北海道むかわ町特産のシシャモもそろそろ店頭に並ぶころか。芥川には大手紙の1面を飾った、ヨシの茎に刺したシシャモが並ぶ写真から連想できる代表句ともされる一句もある。<木がらしや目刺にのこる海のいろ>。

 シシャモとメザシは違っても、居酒屋や家庭の食卓で誰かと脂の乗った海の幸を前に一献傾けるのが楽しい季節になった。

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