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「わが生は/下手な植木師らに/あまりに夙…

 「わが生は/下手な植木師らに/あまりに夙(はや)く/手を入れられた悲しさよ!」と中原中也は歌っている(「つみびとの歌」)。「下手な植木師ら」が誰のことをいうのか不明だが、親や学校の先生、親戚、兄弟、友人らを指すのだろう。

 幼い段階で他からあれこれ干渉された結果、頭に血が上りやすく、心弱く、へつらいがちな人間ができてしまったと中原自身が思っていたことは分かる。

 この詩を読むたびに、幼い子供に対した場合に「あれでよかっただろうか?」と思う。学校教育だけが教育ではない。親子の関係でも、教育が大きな比重を占める。無論「よかれ」と思って「手を入れた」つもりだが、感情的になっていた可能性は必ずあったはずだ。だから、教育は万事難しい。

 半面、この詩は中原の言い分にすぎないとも言える。親の言い分だってあるはずで、その文脈で手を入れたのかもしれないし、手を入れる原因をつくったのは幼い中原自身だったかもしれないからだ。

 こんな話は、手を入れる側にも入れられる側にも人間の数だけある。ただ、こうした経験を大きな振幅で受け止めた中原の作品が、近代詩の一角に堂々と存在し続けているという歴史的事実は消えない。

 彼が親しまれる詩人であることは、21世紀になっても令和になっても変わらない。その中原は1937年10月22日に亡くなった。享年30は夭折(ようせつ)の部類に入る。それから80年以上がたつ。

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