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ホントは強靭な民主主義

平時には「危機管理」根本吟味を

髙橋 利行

政治評論家 髙橋 利行

 「焦(じ)れってぇな、全く」「非常事態の法制はないのか。政治の怠慢じゃないか」「鎖国だ。鎖国」。気の短い江戸っ子なら、そんな悪態の一つもつきそうな空気が充満している。蔓延(まんえん)する新型コロナウイルスに、お花見はおろか友人らと酒食を共にすることも、外出することさえままならない、ろくにマスクも手に入らない。「見えざる敵」に好きなように蹂躙(じゅうりん)されながら一向に有効な手立てが打てないことに苛(いら)立ちが募っている。

 豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客が感染した頃は「金持ちの道楽、自業自得」と冷ややかに見ていた視線も、船内感染が増えるにつれ、「後手後手じゃないか」と非難の矛先が政府に向いた。だが、発生源が、中国(武漢)であることが濃厚になり、感染が世界中に蔓延、死者も急増してくると、日本政府ばかりを責めてもいられない。感染を抑え込むことが、どの国にも至上命題になってきた。

 中国は武漢市を有無を言わさず封鎖した。映像を見ると軍隊が力ずくで住民を隔離していた。中国の統計を鵜呑(うの)みには出来ないが、罹患(りかん)は抑えられているらしい。当局は「世界は(コロナを封じ込めた)中国に感謝すべきだ」と宣(のたま)っている。盗っ人猛々(たけだけ)しい。面の皮の厚い永田町もさすがに声も出なかったらしい。

 いまはまだ特効薬もワクチンも見つかっていない。いつ「感染爆発」が起きるのか、いつ終息するかも見当がつかない。だが、「最悪の事態」を想定するのが危機管理の要諦である。新型コロナウイルスにも適用できる新型インフルエンザ等特別措置法の改正も実現した。制約はあるにしても国民の権利を制限できる「緊急事態」を発動できる。敵を殲滅(せんめつ)できないまでも国民を守る武器を手にした。東京都知事・小池百合子も「東京をロックダウン(都市封鎖)するかもしれません」と凄(すご)んでいる。憲法上に「緊急事態」の規定がない日本では精一杯の「強制措置」なのだろう。

 敵は手強(ごわ)い。SARS(2002年・重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ(2009年)、MERS(2012年・中東呼吸器症候群)を水際で食い止めた防御網も役に立たなかった。「人類の歴史は感染症との戦い」を肌身で知る羽目になった。

 温和な日本国民である。強制されなくても、お上の「お触れ」に従っている。街は「自粛」「自粛」のオンパレードである。国賓として恭しくお迎えするはずだった習近平・中国国家主席の訪日はご遠慮いただいたし、銀座、六本木、浅草のように中国語が飛び交っていた繁華街は、いま閑古鳥が鳴いている。無観客で行われた大相撲大阪場所は締まらないこと夥(おびただ)しかった。宰相・安倍晋三が国威発揚を目論んでいたオリンピック・パラリンピックも1年程度お預けとなった。無観客のオリンピックなどは願い下げである。1年後に本当に開催できるのか否かは分からないが、取りあえず延期も已(や)むを得まい。

 戦後、日本は幾多の苦難に、常に「ソフトランディング」の道を選択してきた。憲法の制約もあったが、政治も真正面から取り組んでこなかった。国民の支持がなければ政治は機能しない。それが微温的な選択をした所以(ゆえん)である。医療崩壊を招かず「感染爆発」を防いでいるのは国民の自制心が為(な)せる業である。

 幸い、安倍晋三内閣の支持率は底堅い。騒動が終息したら聞いてみたい。「政府が頼りないと言って、日本を捨てて中国に移住しますか。1人も患者が出ていないと豪語する北朝鮮を選びますか」。民主主義は、一見すると頼りない。独裁国家のように「快刀乱麻を断つ」ようにはいかない。だが、しなやかで勁(つよ)いのである。ただ、日本人は忘れっぽい。「咽(のど)元過ぎれば熱さ忘れる」であってはならない。平時に戻ったら憲法を含めて「危機管理」の在り方を根本から吟味しなければ、亡くなられた方も浮かばれまい。

(文中敬称略)

(政治評論家)

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