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安田純平事件から、後続ジャーナリストへの助言

yamada

 シリア武装勢力から解放された安田純平氏を、左派メディアは英雄の様に扱い、ネトウヨは「人質プロ」と酷評した。どちらでもなかろう。かつて小突入取材を経験した私は、「第2、第3の安田純平氏」の可能性を持つ後輩達に次の様に助言したい。

 私は1970年代のカンボジア内戦で、解放戦線支配地域に2日間潜入した。解放戦線は後のポル・ポト派が中核で、秘密に包まれ、記者が来たら殺すと言われていた。読売の南ベトナム(当時)駐在記者だった私は、同内戦応援取材を命じられ、ぜひ解放区入りしたいとの思いに取りつかれた。妻と子(5歳と2歳)のことも忘れた。首都で1カ月手づるを探した私に、何とカンボジア首相付き青年将校が「友人の解放戦線軍地方司令官」宛紹介状を書いてくれた。複雑な敵味方関係だが、信頼できる仲介者だった。解放区で沢山取材して無事帰った。(その後、解放区長期取材を試みた日本人記者と写真家は殺された)


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