«
»

日本から忘れ去られる在米日本人研究者

廣井孝弘

 最近、私の住むボストンのハーバード大学で、日本学術振興会(学振、JSPS)主催の、「日本の急速に高齢化する社会」というテーマで半日のフォーラムがあった。これはポスターセッションまである学会形式に似ていたが、口頭講演は全て招待された比較的長時間の発表がいくつかあるというものだった。一般にも興味を引く内容で、意外とわかりやすかった。
http://jspsusa.org/wp/11122016_the-japan-us-science-forum-in-boston-cambridge-ma/

 学振と言えば、私が30年近く前に博士号を取得した後、ポスドクとして雇ってくれた政府団体であり、日本の研究者にとっては、科学研究費(科研費)を配分するものとしてなじみが深い。学振が米国でも活動をしているのを知ったのはごく最近のことで、それは6月にワシントンで、私と同じ「はやぶさ2」チームの人たちが来て発表をする会があったからだ。私がアメリカにいるのに、なぜわざわざ日本から呼ぶんだろうかと純粋に感じたこともある。この辺りが、能力や真実性に基づかず、限られたコネとかでバイアスがかかった人事をしている大学界を思わせる、気持ち悪い点である。

 今回は会場がハーバード大学というアメリカ1の大学であり、日本から留学や仕事で来ている主に若い研究者たちが多く、彼らが集ったフォーラムとなった。冒頭で、学振ワシントンオフィスの野崎所長は、「日本からとかく忘れ去られがちな存在たる在米日本人研究者たちに光を当てたいと思った」と述べていた。それは本当のことで、日本にまだまだ必要な世界トップレベルのノウハウをもたらす人材たちが、無知な日本の政府や大学の人々や制度から疎外されているのである。

700

フォーラム会場で配られた手提げ袋とプログラムなど

 世界的なレベルと競争が存在する米国で、逆境に打ち勝って実績を上げた人々だけが帰国するならともかく、彼らはむしろ米国に留まり、短期滞在しただけでさっさと帰る人たちだけが日本の大学の研究者や教官になるのは問題だろう。米国に長居すると、コネが切れてしまって帰国できなくなるという現実、または心理的作用が働いているように思う。そのような悪循環をなくさない限り、日本のどの分野も安定的長期的に米国には追い付き追い越すことはできないだろう。

 もう1つの問題は、私の専門の惑星科学で取得できる科研費の細目が少ないことである。学振の科研費申請のための細目表は以下に掲載してあるが、惑星科学関係は、「数物系科学」の下の「地球惑星科学」に7つの細目があるだけである。またその7つの中でも、「惑星」や「宇宙」という言葉が入っているのは2つだけである。
https://www-kaken.jsps.go.jp/kaken1/saimokuList.do

 もちろん、この細目の数が科研費申請における採択数や予算配分を直接反映しているとは限らないが、日本の惑星科学の立場の弱さは、米国NASAの研究費プログラムを見たらその対照は明確である。NASAの宇宙地球科学の2016年度の細目は、以下のサイトで列挙されているように、現在公募されているものでも何と97もある。
https://nspires.nasaprs.com/external/solicitations/solicitations.do?id=NNH16ZDA001N&method=programElementsAll&path=open
 これらのうち、地球科学や天文学でなく、かなり純粋に惑星科学に関するものとしては以下の約17個がある。

Discovery Data Analysis Program
Emerging Worlds
Exobiology
Laboratory Analysis of Returned Samples
Lunar Data Analysis Program
Mars Data Analysis Program
New Frontiers Data Analysis Program
Planetary Data Archiving, Restoration, and Tools
Planetary Instrument Concepts for the Advancement of Solar System Observations
Planetary Major Equipment
Planetary Protection Research
Planetary Science and Technology Through Analog Research
Planetary Science Deep Space SmallSat Studies
Rosetta Data Analysis Program
Small, Innovative Missions for Planetary Exploration
Solar System Observations
Solar System Workings

 このように惑星科学のために応募できる研究費細目が非常に多くあるが、特に私のような隕石や小惑星の科学を実験室で試料を基に行う研究者にとって重要なのは、上記で下線を引いたEmerging WorldsとSolar System Workingsである。これらは、近年まで数多くの細目だったものを大きく2つにまとめたもので、太陽系の起源と進化を各々探求するテーマに対して出される研究費である。米国の固体惑星科学者たちはこれら2つの研究費細目のおかげで世界1のレベルを維持している面も大きい。

 また、数が多いだけでなく、NASA研究費の使用目的の中心は研究者の給料であるが、学振の科研費では基本的に給料は払えない。米国の研究者にこれを話すと、「じゃあ何のための研究費なんだ?!」と純粋に驚くものである。なぜなら、科学は科学者の労働や頭脳で行うものであり、科学者に給料を払ってその時間を買うことが費用の主目的である。機械や試料やデータだけあっても、それらを用いて解釈して論文にする人がいなければ、何の科学成果も生まれない。

 はやぶさ・かぐや・はやぶさ2で成功裏を収めてきた日本の固体惑星探査であるが、探査機が無事に飛行した後で出てきたデータや試料に基づいて科学成果をあげてきたのは、現在、日本で地球惑星科学科で教育を受けている人たちだけでなく、私を含む、NASAと対等にやっていけるレベルの科学と論文執筆力を身に着けた研究者達である。それがあったからこそ、同じく探査機をどんどん上げてきたインドや中国よりも格段と高いレベルの世界的科学成果を日本の惑星探査はあげてきたのである。そういう人材を大切にしない国家の将来は危ういとしか言えない。

(2016年11月13日記)

7

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。