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はやぶさ2とオシリス・レックス

廣井孝弘

 先日9月8日にとうとうNASAのOSIRIS-REx (Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorer) が成功裏に打ち上げられた。これは、はやぶさの成功によって小惑星試料の回収が可能であることが証明されたために米国で認可されたものだが、はやぶさ2が今度はC型小惑星リュウグウに行って試料を取ってくるというので、今度は先を越されないぞという米国の意地が表れているともいえる。もちろん、はやぶさ2は2020年に帰還する予定に対し、オシリス・レックスは2023年であるから、今度も日本が最初のC型小惑星試料回収に成功するはずだ。しかし、NASAにはそれなりの魂胆がある。

 まず、はやぶさ2の予算約300億円に対し、オシリス・レックスはその3倍以上の1000億円である。もちろん、日本ではJAXA職員の残業とか大学研究者のボランティアとかで人件費が計上されていない部分も多々あると思うので、実際の差は縮むと思うが、やはりNASAは2倍程度の投資をしているはずだ。更に、長い宇宙開発の遺産としての機器・技術・人材の幅広さと厚さはとてつもない。特に、ミッションで若き優秀な研究者を雇える柔軟な予算の存在・制度は強力である。

 はやぶさ2は2018年の6月頃にリュウグウに到着するが、オシリス・レックスも同じ年の秋頃に到着するため、その短い時間差の間に日本の科学チームは論文発表をしなければ、最も始原的な小惑星への世界初のランデヴーの成果の初発表を米国に奪われる可能性がある。この辺は、リモセンで得られるデータの質にもよるが、その生データを校正し、解釈し、科学的意義を解明する研究者の力量にかかっている。

 2005年秋のはやぶさの時は宇宙研に集まった科学チームには専門家は少なく、大学院生やポスドクといった若者の集団だった。今回はずっと多くのレベルの高い研究者がそろってはいるが、やはり米国の比ではない。では、どうやって勝負するか。それはやはり、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がぴったりくるだろう。まず天命だが、はやぶさ初号機の時はことごとく人類初めての経験で、そこに使命を皆が感じ、事故の後も奇跡的に復旧するという天運を感じるほどの経験があった。

 しかし今度は、それらの事故に対する対策は人事を尽くしてしてきたはずである。高利得アンテナ・イオンエンジン・ローバー・サンプラー・分光器など、色々改良が重ねられて打ち上げられた。しかしながら、予算が上記の様に少ないということは、臨機応変に対応して働ける人材を雇えないという可能性も大きい。つまり、その予算外で給料を払われた研究者たちが2018年の夏にボランティアで駆け付けるか、特別な予算を取って優秀な人材を雇わないといけない。

 もともと大学の科学者たちは、政府や企業の同等な資格を持つ従業員と比べて給料が少ない。大学と企業の給料の違いは1対2であるという調査がある。そんな状態で、大学の研究者たちが普通の職から休暇を取って趣味代わりに宇宙研に詰めかけてランデヴー中に得られるデータをリアルタイムに科学情報に変換して論文を書くというのは現実的でない。もちろん、はやぶさ・はやぶさ2を愛する私としては、誰かが旅費と給料をくれるか、宝くじにでも当たれば、ブラウン大学をいったん休職して相模原のロッジに住みながら日夜働きたい気持ちが十二分にあるが。

 そういう、データが出た時に如何に科学成果に変換するか、そして、将来それを再解析してより高いレベルの科学成果を出したい人たちに対する研究費をどうするか、また、そういう科学成果をどう国民に還元するかというPRの予算については日本はほとんど考えていないとしか思われない。さもなくば、科学チームに給料どころか旅費も出せないという体制でこのような世界一のミッションを遂行しないであろう。

 今回のオシリス・レックスの打ち上げの様子のビデオがYoutubeに上げられているが、米ソ宇宙レース時代の打ち上げで見られたように、ロケットを切り離すところにもカメラが付いていて、非常に臨場感がある映像を見られるようになっている。はやぶさ・はやぶさ2でもPR面にこだわれるような予算をつけるべきであるし、そういう専門家をもっと増やしていかないと、国民の支援をいつまでも得続けることは難しいかもしれない。

 私は講演や特別授業の度に、はやぶさの奇跡と惑星科学への多大な貢献を宣伝しているが、はやぶさ2は、事故からの奇跡的回復のようなドラマがなくても国民が胸沸き踊るような人類初の大発見をすべきである。科学の目的はこの大宇宙と惑星系の神秘を解き明かし、人類にその存在の意義を教えてくれることであると思う。はやぶさ・はやぶさ2は、小惑星からの試料回収という偉業で日本がそのようなロマンに肉薄する道を世界で初めて開拓したミッションである。

 もちろん、それらは日本の独力で成したわけではない。深宇宙ネットワーク(DSN)を米国から借りるために、はやぶさが回収した試料の10%をNASAに提供する約束をした。はやぶさ2も、ロケット代を浮かせるためにESAのマルコ・ポーロミッションに乗ろうとしたが実現せず、日本が自前でやるが、ローバーであるMASCOTを載せることになり、米国とはオシリス・レックスと協力するという枠組みで、DSN借用や試料交換が合意された。

 このような国際協力が可能になったのは、米国の懐の大きさからだけではない。日本が前代未聞の小惑星試料回収をいきなり成功させたノウハウと、2018年にまず最初にC型小惑星に着陸するという経験をNASAは利用したいのだ。それらから成功も失敗も多くを学ぶことで、自分たちのミッションの成功確率を高めることができる。何事もそうだが、自分だけができることや知っていることがなければ、相互協力はあり得ない。それが厳しい国際社会の在り方だ。純粋であるはずの科学の世界でも。

(2016年9月17日記)

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