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はやぶさの日に過去6年を振り返る

廣井3

 6月13日は、忘れもしない、6年前に「はやぶさ」が地球に帰還し、小惑星イトカワからの試料を携えたカプセルを落とし、自らは大気中で燦然と輝きながら“昇華”していった日である。この6年間の間に実に多くのことがあった。

 まず、小惑星の宇宙風化の問題の解決である。1970年頃から始められた小惑星の観測と隕石との比較によって明らかになったのは小惑星の表面は隕石とは異なって見えるのが大部分であるということだった。隕石の多くは本当は小惑星から来ていないのか、それとも、地球に来やすいごく一部の小惑星だけから来ているのか、それとも、小惑星の表面だけは中身とは違う色をしている(宇宙風化が起こっている)のかという議論が始まった。

 そのころ、アポロ11号から17号によって回収された月試料の研究により、1993年には、NASAジョンソン宇宙センターで私と同室だった Lindsay Keller 氏が、月の表土の試料から宇宙風化で出来たナノ微小鉄を発見した。ナノ微小鉄というのは、10ナノメートルとかの小さな鉄微粒子のことで、ナノメートルはミリメートルの百万分の1なので、髪の毛の太さ(0.1ミリメートル)の1万分の一くらいの微粒子である。この発見も契機となり、月だけでなく、小惑星の上でも宇宙風化が起こっているのではないかという説が浮上した。

 しかしながら、古い隕石科学者たちの大部分は、そのような考えは眉唾物であり、自分たちの築いてきた学説を崩すものとして、宇宙風化論者たちを迫害していた。はやぶさミッションでも我々と共に協力してくれたイサカ大学の Beth Clark も私も大いに迫害されてきた。そのような状況を一挙に打開してくれたのが、はやぶさによる2005年のイトカワへのランデブーと、2010年6月13日のイトカワ試料回収であった。

 そして、日本国内では、はやぶさの旅路が人生の教訓となるくらいの大きな感動を呼び、プラネタリウムフィルムだけでなく、大手企業による劇場映画が3本も作られたという、世界の歴史上でも初めての現象が起こった。そのお陰もあり、はやぶさの後継機である、はやぶさ2実現への機運は大いに高まり、予算削減などの憂き目を見つつも実現し、今や、はやぶさ2は地球スイングバイを経て、一路、C型小惑星リュウグウに向かっている。

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はやぶさ探査機とカプセルが地球大気圏で燦然と光る様子(NASA)

 はやぶさがMUSES-Cミッションとして1996年にスタートし、1998SF36と呼ばれたS型小惑星イトカワに目標が定められてから、宇宙風化の研究は格段と進んだ(私を含む日本人研究者たちが尽力した)と同じように、はやぶさ2がC型小惑星リュウグウに行くと決まってから、C型小惑星と類似していると考えられている炭素質コンドライトの研究は格段に進みつつある。アメリカが対抗馬として出してきたOSIRIS-RExも似た天体に行くので一層世界的にそのような機運が広がっている。

 こう考えると、はやぶさ・はやぶさ2が過去20年間になしてきたことは日本のレベルに止まらず、世界の惑星科学者たちに、小惑星での宇宙風化が存在し、それが何たるものなのか、そして炭素質コンドライトの母天体はどこにあり、どのような表面状態になっているのかといった長年のテーマを加速的に解決していく道筋を与えたと言える。これは、月周回衛星SELENE(かぐや)が欧米・中国・インドが次々と月に探査衛星を送っていった機運を作ったことと似ている。かぐやミッションの開始も、はやぶさと同時期の1995年である。日本は過去20年間、固体惑星探査において素晴らしい実績を上げてきたと言える。

 そして今、月面に正確にピンポイント着陸をしようというSLIM計画と、火星の衛星フォボス・デイモスから試料を回収しようというMMX(Martian Moons eXploration)計画が進んでいる。これらは、確かに、かぐや・はやぶさ・はやぶさ2からの次の段階として着実に実現可能かつ意義あるミッションであるとは思う。しかしながら、それらは、はやぶさの時のように真に挑戦的で血沸き肉踊るような思いを日本中が持つようなミッションなのであろうか。

 ここで一番問題になるのは、JAXAの技術者たちや、科学者以外の一般の人々の興味・関心である。イトカワやリュウグウは近地球小惑星なので、地球から往復旅行しやすいし、重力が小さいので、タッチダウンを安全に行えばよい。一方、SLIMやMMXは月や火星といった重力天体の周りに行くので、質的に異なる。そしてMMXは近地球小惑星よりもやや遠い天体である。しかしやはり、技術の問題というより予算の問題が大きいように思われる。なぜなら、NASAは火星にローバーを何度も下しているし、ESAも火星衛星をいくつも送っている。

 そしてNASAは現在、Discoveryミッションという枠組みで5つの最終候補の審査をしているが、その1つに木星の軌道上にあるトロヤ群小惑星をフライバイして探査しようというLucyというミッションがある。トロヤ群というのは木星と太陽の重力場に対して安定な場所にあり、木星軌道上で、60度だけ先と後との2つのグループに分かれている。これらは、探査衛星がまだ行ったこともなく、望遠鏡観測でも、その表面組成が確定されておらず、密度なども出ていないが、小惑星の型としてはD型という、非常に暗く赤っぽい色をしたものである。

 このトロヤ群小惑星から試料を回収しようという案が、はやぶさ2の後継機として出されたが、採択されていない。その主たる理由はおそらく、ミッション期間が30年ほどかかることと、低温状態のまま試料回収するカプセルが開発されていないことと、大きな小惑星しか見つかっていないので、はやぶさ・はやぶさ2方式では難しいことなどである。

 しかしながら、それらの技術的課題を克服していくことが、まさしく工学者たちにとって血沸き踊るような挑戦の場ではないだろうか。実際、もうすぐ、7月の最初の週末に宇宙研で、それに関する国際研究会が開かれ、私もWebEXというソフトでボストンの自宅から参加・発表する予定である。

http://www.hayabusa.isas.jaxa.jp/kawalab/trojan2016/

 これであれば、イカロス衛星で技術立証したソーラーセイルを生かせるし、日本ならではの個性的かつ革新的ミッションになりうる。ぜひ日本が、はやぶさの時のように世界を牽引する挑戦精神を忘れないで前進していくことを願うものである。
(2016年6月13日記)

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