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系外惑星の大量発見と“第二の地球”

廣井孝弘

 NASAのケプラー宇宙望遠鏡が1284個という大量の系外惑星を発見した。この数は99%以上の確率で惑星であるもので、それに加えて1327個の惑星かもしれないグループが控えている。いずれにせよ、これは今日までで最大の発見数である。系外惑星というのは、我々の太陽系以外に存在する惑星のことで、一昔前には全く観測できなかったものである。それが発見されるようになったのは、主に「トランジット法」という、惑星がその中心星の前を通過する際に光を遮るので、その星が一時的に暗くなる現象を精密に観測・解析するようになったからである。最近起こった水星が太陽の前を通過する現象と似たものである。

 ケプラーは見える宇宙のほんの一部を観測しただけなので、この結果を外挿して、全宇宙にはとてつもない数の惑星があり、その中に地球型惑星があり、そこに生命が、そして知的生命体がいる確率は高いに違いない、とマスコミは一般大衆を先導し気味である。しかし私は、「ちょっと待ってもらいたい」と言いたい。

 前述のように、これらの惑星は、トランジット法で中心星が暗くなった程度や時間をもとにして大きさや軌道を計算し、中心星の色や元素組成から、惑星の温度や大まかな元素組成を推定し、そして水があるとか空気があるとか想像しているに過ぎない。大気の直接観測も、惑星の縁を通ってくる中心星の光の吸収から惑星の大気組成を調べる試みがなされているが、確定的なことを言うにはまだまだ観測精度が足りない状況である。

 そして、それは惑星環境として“第二の地球”でありうるかという側面だけであり、そこに生命がいるかどうかはまた更に次元の高い、確率的に低い問題である。知的生命体の存在に関しては、生命の存在が確認された時点で、更に輪をかけて確率が低い現象として探索する必要がある。

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ケプラー宇宙望遠鏡によって発見された惑星群の想像図(NASA・W. Stenzel)

 そういう「宇宙人がいるか」という観点での“第二の地球”ではなく、地球人類が移住先として考慮できるような“第二の地球”があるかという観点で見る方がより現実的である。環境さえあれば、生命の種は我々が持っていけばよいのである。更には、地球のように月があることによる何十億年間にもわたって安定した環境がなくてもよい。なぜなら、地球からそこまで移住できるような恒星間移住を実現した人類は、第三の地球に移動することも可能になるからである。

 更に、既に科学的知識の多くを発見した人類には、過去の環境や隕石を秘蔵してくれていた南極がその惑星になくてもよい。日食もなくてもよい。水と空気、そして太陽風をよけてくれる地磁気はさすがに必要であるが。そう考えると、“第二の地球”の要求基準のハードルはかなり低くなりうる。これは往年のアニメファンにとって、宇宙戦艦ヤマトのTVドラマ版「ヤマトIII」の話に似ている。

 もっと飛躍して、アニメ「機動戦士ガンダム」の世界に例えれば、“第二の地球”がなくても、太陽型の恒星の周りに宇宙コロニーを作ればよい。更には、太陽型の恒星を核融合で作ればよい。恒星間の大移民を実現できている未来の人類にとって、それらの方が簡単かもしれない。実際、あと40数億年で太陽の寿命が尽きる前に、6500万年前にK/T境界を作ったような巨大隕石の衝突が(何度も)起こるであろう。また、核戦争などの愚かな行為によって大きな気候変動や環境破壊が起こるかもしれない。人類がそれらを生き延びるには、宇宙コロニーは最適かもしれない。もちろん、NASAは既に地球に衝突してくる小惑星や彗星の軌道を如何に逸らすかの研究を始めている。そして、以前にも述べたように、私は逸らすのみでなく地球に捕獲して研究対象および資源とするのがよいと考える。

 しかし、地球上の小さな領土を奪い合って戦いあっているような人類では、宇宙コロニーを作っても、コロニー同士で戦争をしかねない。それでは正にガンダムの世界である。そのSFアニメで地球政府に対して反乱を起こしたジオン公国のような覇権主義を持つ人類でなく、主人公アムロを先頭とするニュータイプと呼ばれる新人類がそれを超えていったように、人類は覚醒されねばならないであろう。

(2016年5月20日記)

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