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ポストはやぶさ=はやぶさ2ミッションの背景:MEFレポート

廣井孝弘
 日本で惑星探査ミッションが人々に広く知られるようになると、その打ち上げとか行き先とかが大きく取りあげられるが、その決定に至った過程などは通報されないか、忘れ去られることが多いと思う。現在進行中のはやぶさ2が提案された経緯もその1つかも知れない。はやぶさ2の実現に貢献した最大の活動は、おそらく小天体探査フォーラム(Minorbody Exploration Forum、MEF)だろう。以下にMEFの説明がある。
http://www.minorbody.org/about.html

 MEFは、MUSES-C(はやぶさ)計画が進行中で、まだ打ち上げ前の2000年に発足し、主に宇宙研の矢野創氏が中心となって、次期太陽系探査を提案してきた団体だ。日本の太陽系探査ミッションが、どちらかといえば政府や研究所主導のトップダウン式に進められてきたのに対し、市民参加型の真にボトムアップ式な機構を作り上げたと言える。その成果が、以下に掲載されているMEFレポートだ。
http://www.minorbody.org/mef-report.html

 この報告書最終版には、私も微力ながら科学的意義と国際協力の面から貢献しているが、13ページおよび15ページの表に、はやぶさの後継ミッションとして7つの候補が挙げられており、それらをまとめると、

1.同族の複数小惑星へのフライバイ探査と試料回収
2.反射スペクトル既知の複数の近地球小惑星へのランデヴー探査と試料回収
3.彗星・小惑星遷移天体へのランデヴー・着陸探査
4.フォボス・デイモス着陸探査
5.小惑星ベスタへのランデヴー探査
6.複数の近地球小惑星へのフライバイと火星衛星試料回収
7.M型小惑星へのランデヴー・着陸探査

 興味深いのは、はやぶさ2で実現した、1つのC型小惑星からの試料回収というミッションはそこに入っていないことだ。どの提案を見ても、野心的なことがわかる。1、2、6は複数天体の探査と試料回収であり、4、5、7は近地球軌道でなく火星以遠まで行き、3は氷のように極度に揮発性物質を含むということで特別な挑戦を含む探査である。どれも、地球軌道をこするような1つの小惑星に行って試料回収して帰ってくるはやぶさ・はやぶさ2よりも大きな推進力や精密な制御が必要になるはずだ。

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米国サイエンス誌の2006年はやぶさ特集号の表紙にチーム員たちが寄せ書きをしたもの(筆者の名は中央近くの川口プロジェクトマネジャーの上に見える)

 はやぶさ2が近地球のC型小惑星リュウグウからの試料回収に落ち着いた背景には、はやぶさMkII(マークツー)というミッションが絡んでくる。提案3のような枯渇彗星と考えられるウィルソンーハリントンから試料回収する探査を含むMarco Poloというミッションが欧州宇宙機関(European Space Agency、ESA)で提案されていて、JAXAはその打ち上げに、はやぶさMkII探査機を提供することで共同ミッションとしようとした。

 ところが、ESAでMarco Poloが審査に通らない。そこで、はやぶさ初号機をなるべくそのままにして、S型のイトカワよりも始原的なC型などの小惑星に素早く行こうということで、はやぶさ2がいきなりリュウグウに行くことになった。はやぶさMkIIは、ボーリングをして小惑星の深さ方向の物質分布を調べようとか、いろいろ野心的な試料回収方法を模索していた。母船やローバーに載せるセンサーにしても、はやぶさ初号機よりも大きく進化したものにすべきと考えられ、特にリモセンをする分光器だけでなく、より直接的に元素分析ができるLIBS(Laser-Induced Breakdown Spectroscopy、レーザー誘起ブレークダウン分光法)機器とかの採用が期待された。

 しかし、当初2010年打ち上げを目指したこともあり、はやぶさ2は初号機よりはC型小惑星向けに改善されたとはいえ、にわか作りの感を否めない。リモセン機器における主役は、初号機の近赤外分光計(Near-Infrared Spectrometer、NIRS)の波長を長い方の3ミクロン当たりまでずらして、含水鉱物をぎりぎりある程度検出できるようにしたもの(NIRS3)であり、有機物の直接検出は難しく、多色カメラ(Asteroid Multiband Imaging Camera、AMICA)はもともと3つの光学航法カメラ(Optical Navigation Camera、ONC)のうちの望遠式のものに多色フィルターを入れたもので、そのフィルター波長を微調整しただけにとどまった。

 他の候補にあったのは、初号機には搭載されていた蛍光X線スペクトロメータ(X-Ray Spectrometer、XRS)だが、これは初号機での初期成果でも決定的な結果は出せず、月に行ったかぐやミッションでもデータを出せず、はやぶさ2ではX線チーム自ら辞退する形で、科学機器としては、NIRS3が最優先、そして次に中間赤外カメラ(Thermal Infrared Imager、TIR)を載せようと合意した。私もその会議に参加したが、いとも簡単にXRSチームが辞退するので驚いたくらいである。案の定、ずっと後になって、STAP細胞に関する小保方事件が起こった後、宇宙研XRSチームは、はやぶさの成果としてサイエンス誌に発表した内容は、XRSのデータの質からは確定できない内容であったと公表した。つまり、NIRSや地上望遠鏡がイトカワはLLコンドライトであると言っている事実に合わせただけだと白状したわけだ。

 前回、私が書いたように、私のネイチャー論文では、NIRSの結果から正直に解析し、NASA側の科学者たちの干渉によってサイエンス論文で書けなかった真実を国益をかけた戦いで出版したものであり、その一方で、XRSチームが貴重なサイエンス誌のスペースを無駄にしていたと思うと、非常に遺憾だが、それも、はやぶさのドラマの1つであったと思えばよいのであろう。MEFレポートにある他のミッション案については、その後どうなったか、次回以降で解説したいと思う。

(2016年1月5日記)

 レーザー誘起ブレークダウン分光法 高エネルギーのレーザーを物質に当てて気化・プラズマ化し、その光を波長分解(分光)することで、元の物質内の元素含有量を求める手法。

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