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はやぶさ2の地球スイングバイ

廣井孝弘

 先日、とうとう、はやぶさ2が打ち上げ後1年して地球上空に帰ってきて、地球の重力によってスイングバイをし、一路、小惑星リュウグウに向かった。3回予定されていた軌道調整も2度で終え、はやぶさシリーズ2号機として熟練の技を見せてくれたような、日本人として非常に誇れることだと思う。これから2018年6月までの2年半のリュウグウへの旅路は長いようにも見えるが、それまでに済ませておくべき多くのことがある。

 私は現在すでに25年以上アメリカにいるが、はやぶさ2ミッションについては、構想当時から関わっており、特に、近赤外分光計NIRS3、望遠型光学航法カメラONC-T、そして統合科学チームに参加している。

 私の専門は、おそらく日本人では唯一であると思うが、隕石と小惑星の関係を分光学的に見出すことである。具体的には、太陽の光が小惑星に当たって反射してくるものを、色々な色(波長)に分けてグラフ(スペクトル)を作り、そのスペクトルカーブを、実験室で同様に測定した隕石のと比較して、共通性や違いを議論する。もちろん、隕石だけでなく地球の石でもよいし、小惑星だけでなく月や他の天体でもよいが、基本的に大気がないところを専門としている。

 そのような特殊な分野を専門としているせいもあってか、25年前に日本を出るまでは、どの大学からも採用されず(実際その後も80回以上公募には落ち続けている)、アメリカで米航空宇宙局(NASA)研究費から給料をもらうという、一見、日本からの頭脳流出になってしまった。

 大学(東京大学教養学部基礎科学科)の卒業研究から始めて既に33年になるこの研究は、1996年に宇宙科学研究所が、MUSES-C(はやぶさ)ミッションを立ち上げるまで、人々の関心を引くことはなかったと思う。学生当時は、日本で惑星科学(Planetary Science)という言葉さえ知られていなかったのだ。

 しかしながら、幸運にも、はやぶさ計画には1999年から途中参加することができ、月に行ったSELENE(かぐや)計画と、はやぶさ2計画では最初から参加できた。もちろん、純粋にボランティアの日本チームであり、給料はもちろん、旅費でさえ出ないことも多い、出血大サービスである。

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1991年にNASAジョンソン宇宙センターに赴任した当時の筆者とサターンVロケット

 私の専門を学ぼうとして、日本から学生が1年とか長期にわたって指導を受けに来たことも2度ほどあり、短期で来た学生や、私が日本に行って指導した学生たちも含めれば、10人ほどになるとは思うが、この四半世紀の間、一人として私の後を継げる若き研究者は生まれていない。

 もちろん、私と世代が近い人たちの中には、自身の専門プラスαとして学んでくれた人はいる。しかしながら、固体惑星物質の分光学は、片手間にできるようなものではなく、惑星の岩石に多い鉱物の結晶構造、鉄などの元素中の電子による光吸収の機構、惑星表面に見られるように鉱物が粉として混ざった(レゴリス)時の反射スペクトルの挙動、太陽からのイオンや紫外線や微小隕石の衝突によっておこる宇宙風化の影響、鉱物に含まれる水の影響やそれが加熱で脱水した時の変化などなど、意外と多くのことを知らなければならない。

 はやぶさ初号機の場合は、様々な事故があって、小惑星イトカワへのランデヴーと試料回収自体が大きな挑戦だったが、そのデータや試料の解釈・解析と科学成果を得ることについては、比較的単純だった。それは、対象となった小惑星イトカワがS型小惑星という、宇宙風化を受けてはいるが普通コンドライトといって、隕石中で最も豊富で始原的だが、割と単純な鉱物を多く含む隕石だったためだ。その結果、隕石中に最も多い普通コンドライトと、小惑星帯の内側で最も多いS型小惑星が、宇宙風化以外は同一のものだという確証が得られた。

 ところが、はやぶさ2が目指している小惑星リュウグウは話が違う。イトカワのように地上からの望遠鏡でははっきりとした物質情報が出てこない。唯一の観測としては、私がジョンソン宇宙センターにいた頃にアドバイザーとしてお世話になったFaith Vilas博士による望遠鏡観測で、赤色に対応する波長0・7ミクロンのところに、含水鉱物である蛇紋石に相当する吸収帯が見えたことである。それが本当なら、リュウグウは隕石の中では、炭素質コンドライトのうちのCMという種類に相当する。

 とにかく、反射率が5%というので、構造水や有機物を含む炭素質コンドライトグループに属することは間違いないとは思うのだが、CMという特定の隕石種なのかどうかで、科学チームの意見も割れている。私はNASAでの3年間の経験から、Faithの測定の素晴らしさを知っているし、自分の解析から、かなり確信をもってCMだと思っている信奉派だが、そのあと何度測定しても同様なデータが出てこないのが不思議なのである。

 そこで登場するのが、上記の宇宙風化だ。ひょっとするとリュウグウの表面は完璧なほど宇宙風化で脱水していて、Faithが観測した時だけ、何か隕石衝突のせいでクレーターができ、それによって内部の新鮮な物質が表面を覆って観測にかかったが、その後、リュウグウの弱い重力と太陽風の静電気によって、それらは飛散してしまった可能性がある。

 信奉派が正しいかどうかは、2年半後に始まる1年半にわたるランデヴーの間にはっきりすると期待しているし、そうすることが我々科学チームの使命だ。さもなくば、2020年12月に試料が帰ってくるまで待たねばならない。世界初のC型小惑星物質回収計画である、はやぶさ2に世界中の科学者たちが注目し続けるであろう。

(2015年12月4日記)

 CMコンドライト:隕石の中でももっとも始原的と考えられる、炭素や有機物や含水鉱物を含む炭素質コンドライトの内でもっとも多いグループ。Murrayという隕石の頭文字から名づけられた。

 廣井 孝弘 昭和35年生まれ、岐阜県出身。東京大学大学院理学系研究科鉱物学専攻博士課程修了(理学博士取得)。現在米ブラウン大学惑星地質・上級研究員。隕石と小惑星の鉱物分光学の研究の第一人者。2000年、隕石学への貢献によって小惑星(4887)タキヒロイが命名される。日本の惑星探査ミッション「はやぶさ」「かぐや」「はやぶさ2」に共同研究者として参加している。

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