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はやぶさ地球帰還10周年記念に言いたいこと

 6月13日は小惑星探査機はやぶさ地球帰還の10周年記念日であった。「はやぶさの日」として覚えられている日であるが、人々が覚えているのは一部にしか過ぎない。特に歴史的意義と科学成果であり、先日のYoutubeのリレートークでも強調させてもらった。
 https://www.youtube.com/watch?v=-I0QYpPgjP8
 https://www.youtube.com/watch?v=okUDNAg8eRA

小惑星探査機「はやぶさ2」順調に飛行

小惑星探査機「はやぶさ2」の機能確認で、打ち上げ時の収納状態から長さ約1メートルに伸びた試料採取装置「サンプラーホーン」の先端部(写真中央)(宇宙航空研究開発機構提供)

 はやぶさ初号機は連続して起こる様々な事故を乗り越えて、最低限の目的を達成して命からがら帰還しながらも、カプセルを届けるために自分はオーストラリア上空で昇華していくという劇的な一生を遂げた。その奇跡ともいえる出来事がなかったならば、はやぶさ2はもちろん、NASAのOSIRIS-RExミッションもなかったであろう。誰もそんな危険なミッションを果敢にやろうとしなかったのだから。

 さらに言えば、いまだに隕石の多くがどのあたりの小惑星から来ているのか確信が持てずにいるはずである。マスコミの多くは知らないか無視しているが、私が2006年に英ネイチャー誌に出版した論文で、「イトカワはLL5または6という隕石でできており、表面は宇宙風化を受けて暗く赤くなっている」と断言し、その予言が正しかったことが2010年のはやぶさ帰還および試料回収・分析によって証明されたのである。
 https://www.nature.com/articles/nature05073

 イトカワ粒子の解析結果を世界に発表したのは、2011年3月10日に米ヒューストンで開かれていた月惑星科学会議(Lunar and Planetary Science Conference, LPSC)における特別セッションであったが、日本から来ていたNHKや朝日新聞といったマスコミは、司会者でありプレス担当でもある私を無視して、上記の2006年の成果を分からない日本で顔が売れている科学者達のみにインタビューしていた。

小惑星イトカワ(相模原市立博物館に展示された模型=Wikipediaより)

小惑星イトカワ(相模原市立博物館に展示された模型=Wikipediaより)

 不幸なことに、彼らは成田空港にも着陸できず、テレビニュースや新聞記事にもできなかった。それは半日後に東日本大震災という未曽有の災害が起こったからだ。それからというもの、私は大学のみならず、スーパーサイエンス高校などの学校、博物館、その他一般での講演や、ここViewpointの記事を通して世間にその科学成果を訴えてきた。

 こうして10年ほどした今日、その訴えの効果があったかというと、あまり変わっていないようで、いまだにマスコミにおいて私のネイチャー論文を引用しているものはない。これだけ無視されているので、自分で広報をする意欲が出てよいのだが、なぜなのかと考えざるを得ない。一般の日本人は近赤外光による遠隔探査など理解できないのだとマスコミが勝手に判断しているのではないか?

 可視光という言葉からわかるように、人間の目では見えない波長の光は幅広くあり、紫外線と赤外線は良く知られているが、近赤外光を使ったのが初号機に搭載されていたNIRSという分光器であり、はやぶさ2のNIRS3と同様に、画像でなく1点しか測定しない代わりに、光の波長を変えつつ反射率を測定した「反射スペクトル」が得られるものである。

 いずれにせよ、2010年に試料をカプセルから回収できたから成果があったというだけでなく、2005年のイトカワとのランデヴー時の遠隔測定において既にS型小惑星には宇宙風化した普通コンドライト隕石があるという答えを出していたのである。それを2006年のLPSCの特別セッションで発表し、2011年の2度目の特別セッションでは、その結果を試料分析から確認することになったのである。

 はやぶさが証明してくれたS型小惑星の宇宙風化を1995年頃から主張していた私と仲間たちはLPSCからも迫害されて1999年には発表さえさせてくれない事態になりかねなかった。そのころやっと私はMUSES-C(はやぶさ)計画に加わることになった。

 世界が1970年頃から40年間も右往左往しながら議論し続けた難問の答えを明快にだれも疑えない形で証明したのが、日本の小惑星ミッションはやぶさだったのである。そんな偉大な科学業績を文科省もマスコミも国民に声高くアピールしていないのは、単なる無知なのか、平和ボケなのか、バイアスなのか理解しかねる。

 しかしながら、バイアスがあるのは日本の学問界やマスコミだけではない。LPSCはアポロ11号が月試料を回収してきた翌年の1970年に始まり、NASAが深くかかわっている学会であるが、上記のように、我々の1999年のパルスレーザーによる宇宙風化実験を正式に「疑似科学である」として否定したのだ。

 ただ、その手法と結果が、はやぶさミッションにおいて証明され、LPSCは2006年および2011年に2度にわたって特別セッションを開かざるを得なくなったのだ。まだ正式な謝罪は受け取っていないが、きっと1999年の担当者たちは後悔していることであろう。

 皆様、もう10年も経って、工学試験衛星であった初号機とは違って、本当の科学衛星はやぶさ2も帰ってくるのだから、そろそろ科学の本質に国民が目を向けるように、はやぶさ初号機の科学成果の本当の意義と価値を発見・再認識することから始めませんか?

(2020年6月19日記)

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