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  • 青木 節子
    青木 節子
    内閣府 宇宙政策委員

    熟練の科学者しかできないデータ解釈の神秘

    廣井3

     最近、研究者によるデータ捏造の問題がまた話題になったが、生命科学分野と他の分野の違いも含め、マスコミが報道していない内容が多くあると思う。私の分野の惑星分光学というと、実験をしていないと思う人もいるかもしれないが、隕石などの試料の実験室測定は非常に重要な要素であり、惑星環境を実験室で再現した状態で様々な光学測定をするのが私の分野では不可欠である。

     そこでは、単にすべてのデータを集めればよいというのではなく、熟練した科学者の目でもって、特定の惑星に存在する物質と環境から見て、本当にその試料が適しているのか(地球の汚染を受けていないか)、実験室での温度・湿度は問題ないか(目的の惑星のそれとかけ離れていないか)、測定した波長範囲や波長分解能や測定精度は十分なものであるか、などなどを確かめないといけない。

     もしそれらの1つでも不適切であった場合、それが測定されたデータに及ぼす影響はどれくらいであるかを経験的に知っていないといけないし、万全を尽くしても偶然に悪いデータがとられることがあるので、「良い」データと「悪い」データを見分ける「目」が必要である。そういう技能は、実験ノートなどにすべて記録したり、他の研究者に簡単に説明できないことも多い。

     もちろん、医学での臨床試験などでは被検体に相当な費用が掛かっていて再現不可能なものも多いだろうから、詳細にデータを記録することは必要であろう。しかし、データを取捨選択する必要がないとは言えない。将来においては人工知能を持つロボットなどがデータの良しあしを熟練の科学者と同等にできるようになる日が来るかもしれないが、まだまだ現状ではありえない話である。

     私が知る歴史的な良い例として、水滴の落下実験から電子の電荷を測定したミリカンの実験がある。ロバート・A・ミリカンとハーヴィー・フレッチャーは1909年に荷電した油滴の落下実験から、電子の電荷を測定する実験をして、現在知られているより正確な値からやや0.6%だけ低くズレているものの、当時では最も正確な値を導いた。そのズレは真空中と違って空気中では油滴の落下が遅くなる程度を決める空気の粘性の見積もりが間違っていたことに起因するらしい。

     ミリカンの実験ノートを調べたアラン・フランクリンは、ミリカンの計算から除外されている多くのデータがあるのを見つけ、それらすべてを含めて電子の電荷を計算していれば、測定誤差は2%程度になっていたはずなので、ミリカンが導いた値と現在の値は有意に違わなくなっていたはずだと指摘している。確かにそうしていればミリカンは正しい値を出していたと主張することもできることになる。

     なぜミリカンはそれらのデータを除外したのか? 本人によると、油滴がその軌道を完全に終えていない場合は除外したとある。本当にそういう理由だったのか分からないが、ミリカンがそのような熟練した科学者の「目」を持っていたことは確かである。なぜなら、空気の粘性の値を見積もり間違えていたら、電子の電荷としてズレた値が出るのが当然だからである。なので、この場合、ミリカンが「悪い」データを除外したことは正しかったことになる。

     以前にも私は科学者の倫理の問題について述べたことがあったが、すべてのデータを記録して論文発表などにおいて考慮するのは確かに不正を防ぐ効果はあるかもしれないが、結局のところ科学者の良心基準が低ければ、いくらでも不正を行う抜け道はあるだろう。それよりも、熟練した正しき科学者の「目」を信頼し、その一層の向上を奨励し、彼らをAIロボット化するのではなく、彼らにしかできない実験とその解釈をさせて、より素晴らしい科学的発見をさせることが国家及び世界のためになるのではないだろうか。

    (2018年2月4日記)

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