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日本の大学院生たちの秘めた力と彼らに今必要なもの

廣井孝弘

 今回も今週と来週の2週間、日本に出張してきている。大阪大学豊中キャンパスと東京大学駒場キャンパスでの宇宙風化実験および研究会のためである。はやぶさ2が来年初夏には小惑星リュウグウに着くために、その表面の鉱物組成・粒度・宇宙風化度などを軌道上の遠隔探査のみから導くために、リュウグウに似たと考えられている炭素質コンドライトという隕石を宇宙風化させる実験である。

 これまでは、阪大の佐々木晶教授のところにある、パルスレーザー装置で宇宙風化実験をしてきたが、今回から、東大の寺尾潤教授のところで紫外および可視光をキセノンランプで照射して宇宙風化模擬実験を始めることになった。これは世界でも最先端の実験であり、うまくいけば、また Science や Nature といった国際的な一流学術雑誌に発表できるのは間違いないが、そのための光源装置などの200万円程度の資金が取れないのは情けないことである。

 また、模擬実験をしただけではだめで、その前後における試料の変化を見るために、近紫外から赤外光の領域、最低4ミクロンの波長まで反射スペクトルを測定できる装置が必要だが、佐々木研究室にある分光器は近赤外領域の2.5ミクロンまでしか取れない。それを長波長に延ばすのに、また最低でも数100万円は必要である。昨日も、後輩の研究者たちとともに、既存の古い機械に必要な拡張部品を eBay で買ったりしたらどうだろうか、といった本気か真剣かわからないような議論もしていた。

 今回、茨木市に住む義母のアパートに送付してもらっておいた書籍などを取りに行ったが、その中でも、著者ご本人から贈呈してくださった伊勢雅臣氏の『世界が称賛する日本の教育』を読み始めた。その冒頭にある内容になるほどと思った。それは、最近の研究によると、将来伸びる子供たちには「非認知能力」とよばれる知能指数では測れない能力があり、その能力を養うためには、質の高い指導が必要であるという。幕末の日本においては正にその通りに、全国に数多くの寺子屋などがあり、武士や僧侶などが子供たちを教えていた。伊勢氏は非認知能力を「人格力」と呼びかえ、正直・勤勉などといった人格を養うことが将来成功するために必要であるという。そうして幕末に識字率99%という世界最高レベルを達成した日本であったからこそ、明治維新以降の奇跡的な国力の発展があったのだという。

 そう言われてみれば、私の惑星科学分野においても思い当たることがある。私がまだ大学院生であった1980年代の半ばころ、日本には「はやぶさ」ミッションの計画もなく、惑星科学という言葉も学科もなく、物理・化学といった伝統的な分野で学生たちは基礎を学び、やっと隕石を研究対象にしてきたという程度の段階であった。しかし、私が学部時代に所属した東大教養学部基礎科学科においては、量子力学や結晶学やコンピュータプログラミングなどをみっちり学び、主体的に相対論を学んだ。当時はパソコンも十分に普及しておらず、スーパーコンピュータも限られた性能であったが、その分だけ、数値計算でなく解析的に問題を解く努力を怠らなかった。その土台のもとに、日本の現在の小惑星探査の世界トップレベルへの躍進があったのではないだろうか。

生協食堂で昼食をとる阪大宇宙地球専攻の佐々木研究室の大学院生たち

生協食堂で昼食をとる阪大宇宙地球専攻の佐々木研究室の大学院生たち

 私が毎回訪れる、ここ阪大の宇宙地球科学専攻は、大学院のみの教室であり、学部は物理学科が母体である。なので、大学院生たちは物理学の下地があって数式を扱うのに長けている。それは往々にして、地学分野で岩石・鉱物のみを対象にしてきた学生たちには欠けている側面である。昨日も、ゲスト講師として固体惑星物質の可視・近赤外反射分光の基礎を2時間講義したが、他所と違ってその反応は良いと感じた。大学教授の公募に落ち続けてきた私にとって、授業を担当させてもらえるのは大きな喜びであり、新鮮な体験である。特に、基礎教養を深く学んできた学生は手ごたえがある。

 講義を終えて早めに佐々木研の学生たちと昼食に行くと、写真にあるように、皆が一緒に席について、「いただきます」をして食べ始め、「ごちそうさまでした」で一緒に終えるのである。これには私はちょっと感動した。小学校以来の伝統をいまだに続けている姿なのである。指導教官のチームのもとで研究する仲間としてある種の一体感を感じる。もちろん本人たちは習慣に過ぎないと思っているが。

 上記のように、日本の大学院生は必ずしも高性能の実験機器や給料や旅費などの資金に恵まれているわけではない。しかし、だからこそ、限られた機材で如何に工夫をして目的の実験・測定をするかを考えて努力するし、他の学生や他の研究室からの助けを求めて協力する一体感が生まれる。そして、その過程を通して、お金で企業から買ってきただけの機械でなく、自分たちで開発・改良・維持してきたという、主人意識が芽生えてくるのである。

 爆発的に伸びた分野の背景には、そのように準備されてきた学生や若い研究者という人材の存在があったのだと思う。ところが、はやぶさミッションから10年以上たった今、はやぶさ2ミッションで私の固体惑星物質分光学で一人前になった学生がいないのはなぜなのか?

 それに対する私の答えは、伊勢氏の本にあるように、質の高い教育を施せる指導教官が多くいなかったからということである。確かに専門家である私は頻繁に日本に来てチームとして協力したし、数人の学生たちが私のブラウン大学まで来て学んでいった。しかし、一旦日本に帰って研究室なりミッションのチームに戻ると、その活力がなくなってしまうのである。その責任は、やはり指導教官の資質にあるのではないか?

 そして、そういう教官を採用しなかった大学の人事に問題がある。惑星科学の、特に惑星探査においてまず必要なのは、固体惑星表面物質を遠隔から同定できる実験的および解析的な能力を備えた研究者である。そのような分野で世界一の人材を採用していないならば、学生たちはその人格力で技能を開花させる機会に恵まれず、不遇な存在に終わってしまう。人事を正しくしてこなかったのは、担当者に人格力がなかったからに違いない。

 安倍首相・文科大臣をはじめとする政治家、官僚と大学関係者たちは、ぜひもっと実情を把握し、勉強して、将来的に大きく伸びる人材を養成する大学・大学院にしていってもらいたい。

(2017年11月9日記)

炭素質コンドライト:コンドリュールという1mm程度の球粒を含み、含水鉱物や炭素や有機物を含む隕石。生命環境を作るために必要な物質であったと考えられている。

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