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自然災害と「悲しみの共有」社会

 東日本大震災が発生して今月11日で10年を迎えた。メディアでも多くの証言、体験談が報じられている。当方が住むオーストリアでも当日、国営放送が夜のニュース番組の中で報じた。当方はそれらの番組や記事を読みながら、考えざるを得なかった。「何を」というと、自分が東日本大震災を体験していないという事実について感じてきた一種の引け目についてだ。

オーストリア側の歓迎を受ける福島の青年たちと挨拶する岩谷滋雄大使(2011年8月3日、ウィーン外務省内で撮影)

オーストリア側の歓迎を受ける福島の青年たちと挨拶する岩谷滋雄大使(2011年8月3日、ウィーン外務省内で撮影)

 大震災が発生した直後、友人から「お前の故郷は大丈夫か」と心配される度に、自分は大震災に遭遇していないという思いが湧いてきて困った。通常、自然災害に遭遇しないほうがいいが、東日本大震災の場合は例外だ。大多数の日本人が震災の被害を受け苦しんでいる時、日本にいなかったために大震災に遭遇しなかっただけだ。文字通りラッキーだと考え、喜べばいいのだが、東日本大震災の場合はそれができないのだ。

 当方は大震災が発生した時、ウィーンの自宅で仕事をしていた。地震で発生した津波が海岸沿いの町々を襲い、押し流される家屋や自動車をニュース番組で見た。それは想像を絶する風景だった。アナウンサーが「マグニチュード9です」と報じた時、当方は当時、信じなかった。関東大震災(1923年)でも7・9だったのだから、それ以上の大地震が起きるとは考えられなかったからだ。しかし、アナウンサーは間違っていなかった。マグニチュード9の地震が発生したのだ。震源地だけではなく、東京など近郊の都市でも地べたが揺れるのを感じたというユーチューバーの証言を後で聞いた。大震災で生じた津波で家族を失った人の話も聞いた。

 当方はこのコラム欄で「『原発』報道の難しさ」(2011年3月28日参考)というコラムを書き、オーストリアのロータリー・クラブの招きを受け、大震災で被災した福島県南相馬市から21人の青年たち(15歳から18歳)がオーストリア入りした時も取材に出かけた。しかし、その後も大震災を体験しなかったことへの引け目は当方から消えなかった(「福島被災地の青年たちが招かれる」2011年8月4日参考)。

 嬉しいこと、楽しい事を共有できれば幸せだが、悲しいこと、辛いことを共有できない場合、苦しくなる。それも大多数の国民が体験している時、なおさら、そのように感じるものだ。

 こちらでは「ご家族が無事で良かったですね」といってくれるかもしれないが、そのような言葉をかけてくれた人に対し、「ありがとうございます。良かったです」と答えることができるだろうか。ある意味で「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)だが、PTSDの場合、辛い体験を忘れることが出来ずに現れるストレス障害。しかし、当方の場合、多くの人が体験した大震災を体験しなかったことから生じるストレス障害ともいえるだろう。

 人間は本来、愛する人と共にうれしいことだけではなく、辛いこと、苦しいことも共有することを願うものだ。そしてそれらの体験を積み重ねていく段階でその関係は絆となっていく。特に、辛い時に共有した体験はその後の関係を一層強め、深めていくことがある。

 東日本大震災後、日本では「絆」という言葉が多くの人々の口から飛び出したという。五輪大会で金メダルを獲得した場合、多くの日本人は選手とともに喜ぶが、大震災の体験を共有した場合、その関係は全く別の世界に入って、深まっていくのではないか。それが「絆」という言葉の中に集約されているように感じるのだ。

 困難、苦しみを賛美するつもりはない。出来れば喜びを共有し、苦しみや辛い体験は少ないほうがいいのに決まっているが、東日本大震災のように多くの国民が体験した苦しみに参画できないことはやはり辛く、時にはトラウマとなる。大震災で愛する人を無くした人からみれば、「贅沢な苦しみだ」といわれるかもしれないが。

 東日本大震災について11日前後にコラムを書こうと考えていた。しかし、大震災を体験された多くの読者の前で、体験していない自分が、それについて書くことは難しいと考えてきた。とはいえ、「大震災を体験しなかった日本人が感じている心の世界」について改めて書くことも少しは意味があると思い直した。

 日本の場合、過去、そして未来も多分、多くの自然災害に遭遇するだろう。西欧社会の「狩猟の文化」と違い、日本は基本的には農耕の文化だった。敵と対峙し、それを負かすことで生き抜いてきた西欧社会に対し、日本人は自然を敵とは見ず、共存の道を探り、災害の時は諦観し、互いに助け合って克服してきた歴史があった。そこから自然災害の大国・日本の民族性が生まれてきたのではないだろうか。戦いで勝利した時の「喜びの共有」より、避けることができない自然災害時の「悲しみの共有」を多く体験してきたのが日本民族だろう。

 当方が感じてきた引け目は、人生の半分以上を欧州で生きてきたため、その民族性から日々遠ざかっていくのはないか、といった不安の表れなのかもしれない。

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