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元祖「女性蔑視」から見た森発言の重み

 東京五輪・パラリンピック組織委員会会長だった森喜朗元首相が女性蔑視の発言をしたとして、世界からバッシングを受け、辞任に追いやられた出来事をフォローしていて、はっきり言って違和感を感じた。森元首相を擁護するためではない。

森元首相からバトンタッチした橋本聖子新会長(東京夏季五輪大会の「オリンピックチャンネル」サイトから)

森元首相からバトンタッチした橋本聖子新会長(東京夏季五輪大会の「オリンピックチャンネル」サイトから)

 森氏が辞任し、橋本聖子参議院議員が新会長に就任されたことで、「森発言」による女性蔑視問題は一応幕を閉じたが、当方が感じてきた「違和感」について、ここで少し説明したい。「森発言」の内容は女性蔑視と呼ぶには程遠く、単刀直入にいえば、女性蔑視にも値しない内容ではないか、ということだ。女性蔑視は女性理事の発言回数、時間云々の内容ではなく、本来、長い歴史から起因した人類社会のテーマではないか。

 欧米諸国で見られる「女性の権利擁護」運動にはキリスト教会の偏った女性観への強い反発がその根底にあった。キリスト教文化圏に属さない日本の女性解放運動はそのキリスト教の女性蔑視からの解放といった歴史的な書割とは無縁であり、極言すれば、単に輸入されてきたもので、実体験に基づいたものではなかった。

 儒教にもとずく女性蔑視が強かった日本では過去、女性は親に従い嫁いでからは夫に従うというしきたりの中で自由に生きることは不可能だった。それが近代に入り、欧米文化と共に欧米型女性観が広がり、女性の解放運動が日本でも拡がっていったわけだ。繰り返すが、「森発言」はキリスト教社会で多く見られた女性蔑視の歴史とは全くかかわりのない内容だ。

 それでは欧米社会の女性の権利擁護・解放運動を生み出した女性蔑視思想とはどのようなものであったかを振り返ってみたい。

 カトリック教会の女性像は時代によって変化していったが、その中で変わらず継承してきたのは「男尊女卑」の考えだ。その思想を支えてきたのは旧約聖書創世記2章22節の「主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り……」から由来していると受け取られている。聖書では「人」は通常「男」を意味し、その「男」(アダム)のあばら骨から女(エバ)を造ったということから、女は男の付属品のように理解されてきた面がある。

 キリスト教では人間始祖アダムとエバが蛇の誘惑を受けて堕落し、その結果、原罪を背負う運命となったと説く。その原罪から人間を解放するために降臨するのがメシアであり、キリストだ。キリストへの信仰に拠らなければ、誰も救済に与らないと教えてきた。この「失楽園」の話を注意深く読むと、人類に消すことが出来ない原罪を与えたのはアダムではなく、エバだったことが分かる。すなわち、エバから原罪が人類に入ってきたというのだ。このエバの原罪論がその後のキリスト教社会での女性蔑視の風潮を生み出す背景となったわけだ。

 「教会の女性像」の確立に中心的役割を果たした人物は古代キリスト教神学者アウレリウス・アウグスティヌス(354~430年)だ。彼は「女が男の為に子供を産まないとすれば、女はどのような価値があるか」と呟いている。そこには明確に男尊女卑の思想が流れている。現アルジェリア出身のアウグスティヌスの思想は「肉体と女性」蔑視が根底に流れているといわれる。

 イタリア人法王レオ1世(390~461年)は「罪なく子供を産んだ女はいない」と主張し、女性が性関係を持ち、子供を産むことで原罪が継承されてきたと指摘している。キリスト教の性モラルはこの時代に既に構築されていったと受け取れる内容だ。

 女性蔑視の思想は中世時代に入ると、「神学大全」の著者のトーマス・フォン・アクィナス(1225~1274年)に一層明確になる。アクィナスは「女の創造は自然界の失策だ」と言い切っている。スコラ哲学の代表者アクィナスは、「男子の胎児は生まれて40日後に人間となるが、女子の胎児は人間になるまで80日間かかる」と主張しているほどだ。現代のフェミニストが聞けば、真っ青になるような暴言だろう。この時代になると女性蔑視は定着。魔女狩りもその表れだろう。女に悪魔が憑いたということで、多くの女性が殺されていった。

 近代に入り、ヨハネ23世(在位1958年10月~63年6月)の時代に入ると、ようやくその見直しが行われていく。ヨハネ23世は1962年10月11日、ローマ・カトリック教会の近代化と刷新のため「第2バチカン公会議」を開催し、ラテン語礼拝の廃止、エキュメニズムの推進など教会の近代化を推進する一方、女性の権利の尊重を進めていった。ただし、教会は女性聖職者については旧態依然で抵抗が強い。

 興味深い点は、女性蔑視の思想を持つキリスト教の中で聖母マリアはイエスの母親として特別視されてきたことだ。第255代法王のピウス9世(在位1846~1878年)は1854年、「マリアは胎内の時から原罪から解放されていた」と宣言して、教会の教義(ドグマ)にした。しかし、聖母マリアは女性の権利の解放者としてのシンボルとはならなかった。なぜならば、キリスト教信者たちは、厳格で裁きの父親的神とは好対照として、無条件に許し、愛する母親的存在として聖母マリアを崇拝したからであり、偉大な女性の解放のシンボルとして尊敬したのではなかったからだ。

 「森発言」に戻る。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という発言は女性を小馬鹿にした響きはあるが、女性蔑視として世界から糾弾される内容を含んでいるとはいいがたい。換言すれば、女性蔑視のカテゴリーからバッシングされるに値するものがないのだ。女性蔑視の元祖トーマス・フォン・アクィナスが聞いたら、「私はそんなことを言って女性蔑視を主張したのではない」と憤慨するかもしれない。

 米紙ニューヨークタイムズのように、日本のメディアは森発言を欧米版「女性蔑視」発言に便乗して記事を発信したが、森元首相の発言はキリスト教に刻印された「女性蔑視」の思想とはまったく関係のない内容であり、非キリスト教社会の日本で元首相が語った体験談に過ぎない。それを世界のリベラルなメディアは「女性の権利が蹂躙されている日本社会」というイメージに合致するようにミスリードしていったわけだ。森元首相には申し訳ないが、その発言は女性蔑視と呼ぶに値しない。その発言のために糾弾された森氏はさぞかし不本意であっただろう。

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