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北の崔ガンイル新大使の「米朝外交」

 駐オーストリア北朝鮮大使館次期大使、崔ガンイル外務省前北米局副局長(Choe kang il)は6月30日、ウィーンのホーフブルクの大統領府でファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡した。崔ガンイル氏は27年間大使を務めた金光燮大使(金敬淑夫人は故金日成主席と故金聖愛夫人の間の娘)の後任に任命されたが、オーストリア大統領府が新型コロナウイルスの感染問題もあって新任大使らとの会見を延期してきたため、今年3月14日以来、次期大使の立場に留まってきた。崔ガンイル氏は晴れて正式に大使となった。

▲ファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡す北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年6月3日、オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

▲ファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡す北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年6月3日、オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

 崔ガンイル大使は北外務省では北米局副局長を務め、「米国通」外交官といわれ、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の補佐としてシンガポール(2018年6月)、ハノイ(2019年2月)での米朝首脳会談やスウェーデンの米朝実務会談に参加してきた実務型外交官だ。金光燮前大使は金正恩労働党委員長の叔父という立場もあって、その言動が何かと話題となったが、崔ガンイル新大使の場合はその外交手腕に関心が集まる。

 オーストリア連邦大統領府公式サイトには崔ガンイル新大使の2枚の写真が配信されている。金日成主席・金正日総書記の肖像画が描かれたバッチを黒の背広につけ、ファン・デア・ベレン大統領と並んで記念写真を撮っている。大統領とのスモールトークの内容は未公開。

 任命されて4カ月余りの待ち時間の間、崔ガンイル氏は任地オーストリアのオリエンテーションを受けたはずだ。アルプスの小国オーストリアは冷戦時代、北朝鮮にとって戦略的拠点として重要な役割を果たしてきた。欧州唯一の北直営銀行「金星銀行」を開業し、そこを中心にさまざまな不法な経済活動(中東へのミサイル輸出、米紙幣偽造)を行ってきた。死者115人を出した大韓航空機爆発テロ事件(1987年11月28日)の2人の北朝鮮工作員、金勝一と金賢姫の2人は1987年11月、5日間、ウィーン市内のホテルに宿泊している。2人はウィーンからベオグラードへ旅立つが、ウィーンでは大韓航空858便爆発後の逃避のための航空チケットを購入する一方、ウィーン観光をする日本人親子の役割を演じていた。欧州に旅行中の日本人が北に拉致された事件でもウィーンは重要な拠点となってきた。

▲UNIDOの李勇事務局長に信任状を提出する北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年7月14日、UNIDO公式サイトから)

▲UNIDOの李勇事務局長に信任状を提出する北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年7月14日、UNIDO公式サイトから)

 オーストリアには南北両国の友好協会が存在する。「オーストリア・北朝鮮友好協会」のメンバーの多くは当時、オーストリア政界を牛耳っていた社会民主党関係者だった。ファン・デア・ベレン大統領の前任、ハインツ・フィッシャー大統領(在職2004~2016年)は北と密接な関係を有する政治家として有名だ。金光燮前大使と話すハインツ・フィッシャー氏の姿は、外交官の懇談会でよく目撃された。一方、「オーストリア・韓国友好協会」は中道保守政党「国民党」関係者がメンバーとなっている(「オーストリアと韓国は相性がいい!」2019年10月25日参考)。

 欧州連合(EU)の対北制裁もあって、北への圧力が強まっている。ウィーンには昔、2桁の外交官が登録していたが、現在8名と外交官数は縮小。米国からの圧力もあって、北は2004年6月末、「金星銀行」の閉鎖を強いられたことはまだ記憶に新しい(「『ゴールデン・スター・バンク』の話」2019年10月9日参考)。

 いずれにしても、崔ガンイル新大使の主要課題はオーストリアの政界の動きではなく、ウィーンを拠点とした国際機関との接触ではないか。ウィーンは第3の国連都市だ。国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)、国連工業開発機関(UNIDO)の本部、事務所など30を超える国際機関の拠点がある。

 崔ガンイル新大使は国連外交に力を入れてくるだろう。具体的には、崔ガンイル氏の主要舞台はIAEAとの接触にあるとみて間違いないだろう。また、北は依然、CTBTOには未加盟だ。崔ガンイル氏はCTBTO加盟問題をちらつかせながら、欧米からの譲歩(対北制裁の解除)を勝ち得る政策を取るかもしれない(「北の新任大使、IAEAを重視か」2020年4月6日参考)。

 ちなみに、北朝鮮は1992年1月30日、IAEAとの間で核保障措置協定を締結した。IAEAは93年2月、北が不法な核関連活動をしているとして、北に「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否。その直後、北は核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明した。翌94年、米朝核合意が一旦実現し、北はNPTに留まったものの、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると、2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAからの脱退を表明した。2006年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。IAEAは過去11年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失った状況が続いている。

 また、北は、中国人事務局長、李勇事務局長(元中国財務次官)が舵取りをしているUNIDO との関係を重視するだろう。米国は1996年、UNIDOから脱退しているので、中国はUNIDOを通じて対北経済支援を実行しやすい。崔ガンイル新大使は今月14日、李勇事務局長に信任状を提出している。

 崔ガンイル氏の活動舞台だった米朝関係はどうか。北朝鮮の朝鮮中央通信は今月4日、崔善姫第1外務次官が「米当局は米朝首脳会談を単なる政治的な道具に活用している。われわれは米国と向き合う必要性を感じていない」と批判したばかりだ。

 それでは、金正恩氏はなぜ米国通の崔ガンイル氏をウィーンに派遣したのか。米国と北朝鮮は、中立国オーストリアのウィーンで新しい米朝外交チャンネルを構築する考えだ、ともいわれている。

 崔ガンイル氏は北外務省が誇る「米国通」であり、米朝首脳会談の舞台裏に精通している。米国は崔ガンイル大使との接触を通じて北との非核化交渉を水面下で進める可能性が十分考えられる。IAEA、CTBTOという核関連の本部(事務局)があるウィーンはその意味で格好の外交舞台だ。

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