«
»

「藪医者になれ」

 腕の悪い、頼りない医者のことをなぜ「藪医者」というのかについては、諸説ある。私は落語が好きでよく聞くが、「ちしゃ医者」などを演じるときには、噺のまくらに、この「藪医者」の謂れなどをおかしく解説する噺家が多い。それによれば、主要な説は2つ。

 まず一つ目の説。

 昔は医学部もなければ、医者の国家試験もない。なりたいと思う人がなるが、下手な医者は薬の処方もいい加減。裏の藪から適当に取ってきた草を煎じて飲ませるので、藪医者という。

 もう一説は、先のものより少し気が利いている。
 風邪が流行ると、医者の需要が急に上がる。当然、評判のいい医者からお呼びがかかるが、病人が多いので医者が足りなくなる。

 そういう時、「風邪くらいなら、ちょっと頼りない先生でも大丈夫だろう」ということで、最後には普段はお呼びのかからない先生まで、あちこち呼ばれるようになる。
 「風邪(風)で動く」というところから、風邪くらいで呼ばれる頼りない医者のことを藪医者と呼ぶ。

 昨今では「藪医者」という呼び名を聞くことはあまりないが、国家試験がある今日でも、医者の腕に善し悪しがあるのは事実だろう。そして「藪医者」を避けたいのは、人情である。

 ところが、先日、NHKの「プロフェッショナル」を見ていると、「藪医者になれ」という祖父(東大病院で内科医を務めた)の遺言を胸に医者となり、今や整形外科のスーパードクターと言われる医師が登場したので、何か曰くがあるのだろうと、興味をひかれた。

 祖父の遺言は、「壁医者になるな、藪医者になれ」というもの。壁医者になると、その向こうは全く見えない。しかし藪医者なら、目を凝らせば、藪の向こうに光が透けて見える可能性がある。

 医者になりたての頃、祖父のこの言葉の意味は分からなかったという。しかし、整形外科の医者になり、成功も失敗も繰り返す体験をするうちに、次第にその意味が見えてきた。

 手術はうまくいったはず。ところが、しばらくたって、人工関節を入れた近くの骨にひびが入る。どうしたらいいか。

 一旦喜んで、「先生、ありがとう」と言ってくれた患者さんに、謝らなければならないのは、心が痛い。しかし患者さんのことを思えば、謝ったうえで、「もう一度、手術をしてみましょう」と提案する。

 1回目とは違う方法で、人工関節を入れる。その方法を考えねばならない。「もうだめだ」と思ったら、次の手は見えない。

 「壁というのは、結局、自分が作るんですね」と、その医師は言う。あらゆる文献を探し、同僚たちに相談する。プライドも捨てて、道を探す。そうすると、初めは見えなかった道が見え始める。それが、藪医者の面目だ。

 東大の優秀な医学者であった祖父も、生身の患者を相手にしながら、その人なりにいろいろな苦労をしたのに違いない。高度な知識と技術を持ったとしても、「壁医者」たることはあり得る。祖父も、その苦労の中で「藪医者」の価値を悟ったものと思われる。

2

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。