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「資格があればバカでも食える」は正しいか~加計学園問題の端っこで~

 加計学園の獣医学部新設問題の端っこで、そもそも獣医は足りているか否かが論争になっている。

 主に政権を支持する人々や自由主義的な経済学者は「獣医学部の新設はおろか、学部定員の増設さえ50年以上認められなかったせいで地方の獣医師が不足している。だから、加計学園の獣医学部新設は政治判断としても行政判断としても正しい」と主張する。これに対し、政権を批判したい人々や獣医師会は「獣医師の需給バランスとして足りない訳ではない。地方の獣医師が足りないのは待遇が悪いからだ」と言う。民進党の玉木氏(獣医師一家に生まれ獣医師会から献金を受けている)に至っては「獣医師は資格を取るのに6年かかるのだから医師と同程度の待遇が適切だ」とまで主張している。さて、どちらの言い分の理があるのだろう。

 この問題は、資格を必要とする職業はどうあるべきか、という個々人の価値観と密接に関わるので、どちらが正しくどちらが間違い一概に言うのは困難だ。確かに、玉木氏の言うとおり獣医師資格を取得するためには6年間の大学教育が必要である。もし、この資格を取得しても生活がままならないのであれば、誰も獣医学部を目指さなくなってしまうだろう。一方で、その資格さえあれば誰もが食っていけるとしたら、市場原理が有効に働かず、腕や態度が悪い獣医師がはびこる事になる。
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 この問題を考える際に参考になるのが、同じく資格取得に6年の歳月を必要とする歯科医師を取り巻く環境である。昭和の時代、歯科医師は医師同様、あるいはそれ以上に希少性の高い職業だった。特に地方都市や過疎地における歯科医師不足は深刻だった。そこで彼らは都会で診療所を営む一方、半ばボランティア(もちろん有償だが)で歯科医師のいない過疎地に診療に赴いたのである。ある初老歯科医師は「過疎地では神様のように扱われた」と懐かしそうに語っていた。しかし時は流れ、今や歯科医師過剰の時代になった。どんな地方都市にも歯科医師は大勢いるし、都会ではビジネスマンと変わらぬ給料で働くのが当たり前になっている。歯科医師の態度もすこぶる良いし、治療に伴う痛みも軽減された。

 さて、この歯科医師問題を脇に見ながら獣医師の過不足問題を今一度考えてみよう。現在、地方の自治体で働く獣医師が不足する一方で、都会にはペット診療所が多数存在している。ペットの飼育頭数は伸び悩んでいるにもかかわらずだ。それでも獣医学部の卒業生たちが自治体を就職先に選択しないのは、まだまだペット診療所勤務でも資格取得にかかった投資(学費)を皆が一様に回収できるからだろう。経済学的思考を巡らすならば、この事態を解消するには、その者の能力によっては回収できない危険性もありうる状態、すなわち今よりも多くの獣医師が生まれる体制を作り出すしかない。それは、獣医師にとっては由々しき事態かもしれないが、国民一般にとっては歓迎すべき事ではないだろうか。

 本稿で例に出した歯科医師に限らず、弁護士、公認会計士など、かつて、その資格さえあれば一生裕福に暮らせると考えられていた資格・職業が、本人の能力次第の普通の職業へと変化している。10年以内には医師ですら同じ道をたどるという予測もある。獣医師だけが「公務員になるのはバカバカしい」と感じるほど美味しい職業である事の合理性を私は認める事ができない。

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