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沖ノ島・宗像大社の本当の価値とは?

 世界遺産登録の流れについて簡単に言うと、
1.各国政府が検討しまとめた申請書をユネスコ世界遺産センターに提出する。

2.そのうち文化遺産は国際記念物遺跡会議(イコモス)が調査して、登録勧告を出す。

3.それに基づいてユネスコ世界遺産センター(事務局)が受け付ける。

4.それに基づいて世界遺産委員会が登録を決定する。

 という流れです。

 現在は2.のイコモスが調査してその結果をユネスコ世界遺産センターに登録勧告として提出した段階です。

 ここで「イコモス」についての誤解があるようですが、日本イコモス国内委員会があり、日本国内における調査などを担当しています。

 ここには日本人のいわゆる識者が委員として存在しています。

 今回のおかしな登録勧告の問題点はここか、それともその上部委員会の不見識が原因とみています。

 なぜ、沖ノ島だけではいけないのか?

宗像大社 宗像大社ホームページより

宗像大社
宗像大社ホームページより


 宗像大社は沖津宮・中津宮・辺津宮の三宮で一つの神社です。

 だから個人に文化勲章を上げる時に、頭には上げるが体は切り離すという決定が下されたら誰もがおかしいと思うでしょう。

 思想的に説明すると「一即多 多即一」という言葉で表現できます。
 
 これは一つのものよりいろんなものに分かれ、そしてそれはまた一つのものに集約していくという華厳経にかかれている言葉です。
 
 日本文化を考察していくときにどうしてもこの言葉がかぶさってきます。

 たとえば天皇陛下の存在です。天皇陛下は生身の人間ですが、でも日本国の中心として権威の根源でいらっしゃいます。

 これを左巻きの連中やちょっと学問をかじった不見識な人たちは、「個人崇拝ではないか」と異論を唱えられるようですが、

 「天皇陛下は人であって、人ではないのです。」

 つまり天皇陛下の存在は日本国と国民を象徴し(一即多)、そして国民は天皇陛下に集約されていく(多即一)となるのです。

 だから天皇陛下は日本国の象徴であり、国家元首なのです。

 他の国はそれを選挙で選ばねばなりませんが、長い歴史を持つわが国では選挙で選ぶ必要がありません。権威の根源が微動だにしないのが日本国なのです。

 だから価値観が2000年以上変わらない世界でも稀有な国家になっています。そして国家を信じることのできる国民が存在し、特定の個人のためではなく国家のために進んで自分の大切な命までも捧げることのできる国民になっています。

 左巻きの人が日本国憲法改正反対と主張しながら、それを公布された天皇陛下を否定することは矛盾が生じることに気が付いていないのが滑稽でなりません。

 改憲反対という人に「第一章もそのままなのか?」と聞くと、「それは国民の総意で云々」と言います。では「この憲法の憲法たる根拠はいずこに?」と問うと、ちょっと頭のいい人は自分の矛盾に気づいて黙り込みます。

 ここで初めて天皇陛下が権威の根源だということに気づくのです。

 だから人格や人となりは問題ではありません。その存在自体が問題なのです。
 
 昭和天皇は立派だったが、今上陛下はちょっと落ちる、さらに皇太子殿下が即位されればもっと悪くなるという不敬な人がいますが、DNAの中に組み込まれた萬世一系の遺伝子が大嘗祭の儀式で目覚めるのです。

 これはイエスキリストが預言者ヨハネの洗礼を受けて自分の神性に気づいたのと同じことだと私は説明しています。
 
 先々代は立派だったが次代はどうかと言われる方々と同じ論理で、沖津宮のある沖ノ島は良いが中津宮と辺津宮は外すという今回の不可解な登録勧告は、歴史の分断、信仰の邪魔、そして日本文化の破壊を目論んでいるのではないかと邪推させてしまうものだと思っています。

 キリスト教でも父と子と精霊がひとつであるという「三位一体(トリニティ)」という概念があるように、沖津宮・中津宮・辺津宮の三つのお宮がひとつであるといういわば神道的三位一体と説明すれば、キリスト教文化圏の人は理解できるはずです。

 宗像大社の名誉のために書き加えますが、宗像大社とそれを支える地元の方々は決して宗像大社を「観光神社」にしようとは思っておられません。
 
 「それをするくらいなら登録なんてしなくてもいい」というスタンスであり、女人禁制やむやみに人が聖地を冒すことは禁じても何の問題もないということを確認の後、申請に同意されています。

 これは近々発刊する私の著書『オッショイ‼』にも、宗像大社の権宮司さんとの対談や沖ノ島への参拝体験記などにきちんと書いています。

 オッショイとは博多祇園山笠で清めのお潮井を取りに行くときの掛け声で、このお潮井(おしおい)がオッショイの語源であり、それはイザナギノミコトが福岡で禊をした故事からこうなっているという内容の本です。

 自分の本の宣伝はさておいて、5月31日は筥崎宮で熊本の神社の復興を支援するシリアル講演会のとりを務めさせて抱きます。

 
https://www.facebook.com/events/1936739716557203/

 ここからご覧になれば、福岡の知者が無料でその知識を披露してくれます。その中に私も入れていただいてリスク法務実務研究会の安藤さんありがとうございます。
 
 入場は無料です。でも私たちの心意気を感じた方は寸志を募金箱に入れてください。全額熊本地震で被害合った熊本の神社の復興支援のために募金します。どこかの組織のように役員の報酬になることもありません。
 
 最後は宣伝になってしまいましたが、もっともっと自分の身近の神社を見直してみてください。

 今回の変な登録勧告が出るまでは、私は登録に賛成でした。

 なぜなら、日本書紀にもその名前が記されている日本で唯一の神社でありながら、全国的には知名度の低い宗像大社の価値をもっと日本人に知ってほしかったからです。
 
 そして宗像大社を支えるために奔走している地元の人たちの助けになればと思っていました。
 
 でも、日本を日本文化をそして日本の信仰を分断するような登録には絶対反対します。
 
 ユネスコは近年おかしな動きをしています。

 それを日本政府は分担金の支払いを年度末まで払わないという抗議行動をしています。
 
 日本は実質上の最大の負担国です。

 正しいお金を払う国の文化や信仰が変なお金を使って邪魔をする国々のために穢されるのを見たくありません。

 場合によってはアメリカのように不透明さを理由に分担金の支払いを完全に止めてもいいのではないでしょうか。
 
 皆様のご意見をお待ちしております。


「井上政典のブログ」より転載
http://ameblo.jp/rekishinavi/

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コメント

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