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まちづくりに必要なのは「シビックプライド」の醸成?

 近年のまちづくりにおいて、「市民参加」や「住民主体のまちづくり」が言われています。それを踏まえ、各種イベントや協働が勧められています。しかしなかなか成果が出ていないのも現状です。それは、「シビックプライドの醸成」とう視点が抜けているからではないでしょうか。

【シビックプライドとは?】

宣伝会議が出版している「シビックプライド」にはこのように定義されています。「都市に対する市民の誇り」。それは単なる愛着心や主体性とは異なります。「自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心」であり、「良くない点を指摘し改善に向けて自分で行動できること」です。こういう心を醸成していくことで真の意味での「市民参加」「住民主体のまちづくり」が推し進められていくのだと思います。

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良いものは良い悪いものは悪いと言えることが大切

【現在のまちづくり】

 しかし現在進められている「住民主体のまちづくり」はどのようなものなのでしょうか。多くは「住民主体だからワークショップをやろう。それの意見を反映させていこう」という思考です。そしてワークショップを行い、行政が政策に反映させて行くという流れです。参加者は自身の意見を述べ、それがその後何カ月、何年かたって反映されて行く。その時には自身が当時何を言ったのかもあまり憶えておらず、反映されているのかいないのかも分からない。そのような状況本当にシビックプライドは醸成されているといえるのでしょうか。

【シビックプライドの醸成に必要なこと】

 シビックプライドの醸成に必要なことは、私は「貢献感」と「自己有用感」だと考えます。何か行った時に、その場で「貢献できた!」と小さくても感じることが大切です。そして「私にもできることがあるんだ」「私はこの町に必要なのだな」と思えること。イベントに参加して、いきなりシビックプライドが芽生えるということはありません。その小さな小さな積み重ねこそが、「醸成」ということなのだと思います。

【交流によるシビックプライドの醸成】

 当法人では、ワークショップは行いません。でも小さな具体的な行動を地元の方に求めます。こう書くと堅苦しそうですが、実際には「お茶をご一緒させてもらう」「普段行っている農作業を手伝わせてもらう」といったことなのです。住民の方にわざわざ足を運んでもらうわけではありません。外部の若者たちがその人たちの家まで赴くのです。家のお手伝いは若者たちにとってはどれも新鮮です。
「わかめってこうやってできるんですね!」
「薪ってどうやって割るんですか??」
「牡蠣こうやってむくんですね!」
地元の方は、
「そんなことも知らないのか!こうやってやるんだよ」
「わかめって何気なく食べてるけど、手間暇かかってるんだよ」
と嬉しそうに話してくれます。

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牡蠣の剥き方を教えていただいている様子

 そしてお茶っこなりお手伝いなりをさせてもらった後、最後に若者たちはこう言って別れていきます。

 「いろいろお話し聞かせていただきありがとうございます!
また今度広田に来た時はお話きかせてください!」

この一言が、
「あ、貢献できたな」
「楽しかったし、また次来た時は話したいな」
「あ、この子たちは町のために何かしたいんだ。
じゃぁ、私もこれぐらいだったらできるかな」
となり、また違う若者を受け入れたり、一緒に体験プログラムを作成したり、サンタとなって町中を歩いたり、民泊を受け入れてくれるようになります。そこで、来てくれる人や民泊をした人から「ありがとうございました!すごく楽しかったです!」という言葉を聞くことで、次もまたやろうとつながっていき、好循環が生まれシビックプライドが育って行くのだと思います。

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何度も足を運び、共に時間を過ごし、孫みたいな関係になります。

 ただ町の課題を言って終わりじゃない。
 ただ町の好きなところを言って終わりじゃない。
 若者と話し、その子の手伝いをする。
 それが結果、町のためになっていると若者が伝えることで気づき、次もやってみようという思いになる。そして町のために行動をしていく。
それの繰り返しで醸成されていくのです。

 派手さはないし、成果としては見えないし、イベントなどがあるわけではない。でも本質的だと思うからこそ、地道に活動を続けているのです。

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