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石原元都知事は豊洲問題の人柱になる

 小池都知事が豊洲移転を強行すれば、彼女の政治生命は終わるだろう。何故なら、彼女の政治パワーの源はひとえに都民の圧倒的な支持であり、豊洲移転を強行すればそれは泡のように消え去るからである。

 別のタイプの知事、例えば官僚出身の知事であれば専門家の意見を聞き、「地下水の基準値はオーバーしているが食品の安全性には問題はない。数年後に控えたオリンピックと豊洲に投じた経費を勘案すれば移転以外の選択肢はない」とコメントを出して強行移転することは可能だったかもしれない。いや、多くの識者もマスコミも、この問題が再燃した当初は、どうせ最後はここに落ち着くと高をくくっていた。

 だが、それで矛を収めるには都民の関心が高くなりすぎた。これが首都大学や都立美術館など他の施設であれば、関係や関心のある者を除いて所詮は他人事なのだが、市場となれば皆が自分の食べ物のこととして考えてしまう。そうなると、「学者が安全性に問題がないと言っているのだからいいじゃないか」とはならない。「安全」と「安心」は異なる。基準値の数十倍のベンゼンが出る水の上で捌いた魚はいくら学者が「安全」と言っても「安心」して食べられない。

 私は、小池都知事の取りうる選択肢は、「都民投票」に移転に是非を問うか、知事決定による移転の中止しかないと思っている。その場合、豊洲に投資した6000億円の税金をどう回収するかが問題になるが、市場という上物が出来上がった以上、全額を回収するのは不可能である。物流センターから漫画喫茶まで様々な用途が巷で考察されているが、どの案を採用しようとも投資したお金に見合うだけの用途はない。投資で言うところの「損切」が必要な場面なのだ。
投資において「損切」をする場合、経済的な回収は諦める代わりに、「良い勉強になった」「あのままズルズルいくよりは、これで良かったのかもしれない」「あんな奴(例えば証券会社の営業マン)に騙された自分がバカだった」といった心理的な回収が必要になる。

 そう、豊洲問題は6000億円の投資を損切する代償として、心理的な回収さき、あからさまに言えば、都民の恨みを一身に背負う「人柱」を必要としているのである。都議会のドンこと内田茂氏にその役が務まれば良かったのかもしれないが、豊洲移転で彼が暗躍した証拠はないし、さすがに6000億円と引き換えにするほどの大物ではない。そこで、選ばれたのが10年間に渡って都庁に君臨した石原元都知事である。豊洲移転は石原氏が都知事に就任する以前から出ていた課題であり、豊洲問題の全責任を石原氏に被せるのは無理筋だ。しかし、土地の売買を渋る東京ガスとの交渉に腹心で強面の浜渦元副知事を当て、強引に土地取引を成立させたのは、紛れもなく石原氏である。だとすれば、損切する6000億円の何割は大きいにしても、数億円程度の個人の責任を追及されても不当とまでは言い切れない。

 かつては伏魔殿都庁を改革するために、そして、今は豊洲という呪われた土地の怨霊を鎮めるためには、都民は石原慎太郎を使おうとしている。

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