ワシントン・タイムズ・ジャパン

「けん玉道の師 藤原一生物語」の発刊に寄せて

 日本けん玉協会は、1975年5月5日に藤原一生初代会長によって創設されてから、41年が経った。

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 藤原一生会長(以下、藤原会長)は1994年に亡くなった。けん玉に熱心に取り組んでいる人の中でも藤原一会長を知る人は少なくなり、まして会ったことがある人はさらに減ってきた。

 そんな中、藤原会長は童話作家のおちまさ子さんの手によって、見事に児童書としてよみがえった。会長の元々の職業は童話作家だ。代表作に「あかい目」そして南極物語の原作である「タロジロは生きていた」がある。

 けん玉をただのおみやげ品、おもちゃではなく「けん玉道」に昇華させ、スポーツ、競技として、級、段位を設立したおかげで、世界でも通じるけん玉となり、公益社団法人日本けん玉協会が存在しているといっても過言ではない。

 おそらく100年、200年後に「けん玉」が伝承され続けていれば、歴史に残るのは、今のけん玉の形を提唱、考案した江草濱次さんと、藤原会長であろう。

 家庭環境に恵まれなかった少年時代、教会に引き取られ、そこで愛の世界に触れて以来、人のために生き続けた藤原会長の生きざま、そこで出会った人たち、そして、藤原会長らの夢であったけん玉の世界大会の実現させた経緯が描かれている。この本を通して、多くの元気と勇気を得られることだろう。

 1991年に藤原会長と直接お会いした特別講演会のことが、昨日のように思い出される。

 私は今年1月7日に埼玉県幸手市で、日本保健医療大学主催の公開講座としてけん玉の講座を行った。そこには40歳代から90歳代の方々約90人が参加された。けん玉をする時の真剣さと、技が成功した時の笑顔が素晴らしかった。こうした講座をするたびに藤原会長を思い浮かべ、藤原会長だったらどうするだろうか?きっとおもしろいことを言って笑わせることだろうなどと思いつつ行っている。

 藤原会長が50歳の時に腹膜炎で緊急手術をし、その後、けん玉でのリハビリで元気を取り戻したことがある。理学療法の観点としては、けん玉がリハビリとして使えるという確信につながり、私は、リハビリの一環としてのけん玉実践を20年以上続けている。

 けん玉の技のみに気がいってしまいやすいが、けん玉を伝承してきた先人達の思いや、けん玉道の精神を、この本を通して少しでも感じていただければと思う次第である。

 藤原会長は、「けん玉のひびきは平和のひびき」というメッセージをけん玉にのせて、けん玉の世界大会がさらに発展することを願い、応援し続けてくれることだろう。

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