ワシントン・タイムズ・ジャパン

ハンガリーで穴の開いた国旗がはためく日

 みなさん、10月23日は何の日かご存じでしょうか。そしてなぜ国旗の真ん中に穴が空いているのでしょうか。話は60年前に遡ります。そう、1956年、一体何がハンガリーで起こったのか。

穴の開いた国旗

穴の開いた国旗

 ハンガリーは当時、共産主義国家であり、ソビエト連邦の衛星国として、ソ連からひどい扱いを受けていました。これに反発したハンガリー国民は、なんとかして自国の主権を取り戻そうと、まず学生が立ち上がり、そして労働者が立ち上がって、デモへと発展しました。しかし、ソ連軍の武力弾圧は容赦なく、戦車まで出動させました。ハンガリー軍と市民義勇軍はソ連軍に抵抗しましたが、武力に勝るソ連軍の攻撃で、国内の抵抗も1週間ほどで鎮圧されてしまったそうです。いわゆる「ハンガリー動乱」です。この衝突での死者は約2700人に及び、約20万人以上の人々がハンガリーを脱して西側へ逃げ、ブダペスト市内はほぼ壊滅状態になったそうです。

国会議事堂前、コシュート・ラヨシュ広場

国会議事堂前、コシュート・ラヨシュ広場

 この年、別の場でハンガリーとソ連の衝突が起きました。オーストラリアのメルボルンで開催されたオリンピックの水球競技ハンガリー対ソ連戦で“メルボルンの流血戦”と言われる事件が起きたのです。試合は緊迫した空気の中で行われ、開始直後からパンチやキックが飛び交う乱闘になっていたそうです。ソ連選手のパンチによってハンガリー選手が流血し、プールから出ることになってしまい、それを観ていた観客が暴動を起こしかけ、混乱を避けるため、試合は残り1分を残して終了しました。試合は4-0でハンガリーが勝利したそうです。

National Holiday

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 この2つの出来事を伝えるべく、ハンガリー動乱から50年を記念し、2006年からミュージカルや映画が演出を変えながら毎年新しく上演されています。

National Holiday

National Holiday

 今年はミュージカル“Lady Budapest”が公開され、観客を魅了しています。また映画は2006年に公開された“ SZABADSAG, SZERELEM/CHILDREN OF GLORY”が上演されています。
 この物語は、ソ連軍に家族を殺され、たった1人でソ連軍に立ち向かおうとする女学生と水球オリンピック選手のラブストーリーを交えながら、ハンガリー動乱の悲劇が描かれています。自国を取り戻そうと奮闘している女学生が銃を持ち、そして水球選手がオリンピックに出場し、ソ連を相手にハンガリーが勝利し、金メダルを獲得する一方で、女学生は最後まで果敢にソ連軍に立ち向かい、最後はソ連軍に捕まり処刑され、命を落としてしまうという話です。
 今回、この映画を見る機会があり、ハンガリー動乱について深く考えさせられました。この動乱のおかげで、今のハンガリーがあり、ハンガリー国民は懸命に生きていることを再確認できた日でした。

National Holiday

National Holiday

 また、ハンガリー市内には多くの紛争の傷跡があり、歴史が刻まれています。街中に紛争の証し(死者や英雄、失った家族など)のモニュメントがあるのです。この日は、ブダペストの各地で催し物があり、動乱で抵抗した人々の写真や名前がいたるところに飾られていました。そして、映画や催し物を通して、今日、今のハンガリーがあるのはこういった歴史的背景があるという事を再確認した日でした。

ハンガリー動乱を17歳で戦った、サボー・イローナのモニュメント

ハンガリー動乱を17歳で戦った、サボー・イローナのモニュメント

 ハンガリー革命の日である22日、23日は特別な日ということで、22日にはブダペストにある国会議事堂が無料で見学でき、さらに23日には市内全てのミュージアムが無料開放されました(これは毎年実施しているようです)。
 特にこの時期、地方から人も集まり、 また、国外からも多くの観光客が訪れ、街中が活気に満ちていました 。

国会議事堂前、コシュート・ラヨシュ広場

国会議事堂前、コシュート・ラヨシュ広場

 国旗の真ん中にどうして穴が開いているのか。それまで旗の中央にはソ連式の国章がありましたが、動乱の時、民衆はソ連を拒否するために、それを切り取りました。穴の開いた国旗は抵抗の証であり、誇りとなっているのです。

 ドナウ川に面した壮麗な国会議事堂には穴の開いた国旗がはためいていました。

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