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「わさび寿司」と「キム・チョン」で想うこと

 大阪のバスで韓国人客に侮辱する名前を入れて乗車券を渡していたことが問題になっているが、予想通り、これはある種の過剰反応であることが明らかになりつつある。

 報道によると、バス会社の職員は「聞こえたとおりに入力しただけ」で、侮辱する意図はなかったと語っている。乗車券に入力した文字は「キム・チョン」だった。「“チョン”は日本では朝鮮人を侮辱する言葉だ」と、韓国メディアは激高している。

 だが、バス会社の職員はチケットに名前を入力する際に聞こえたままに打った過ぎない。それが「キム・チョン」としか聞こえなかったのだろう。韓国人の名前を正確に聞き取れる日本人は少ない。たとえば、「キム・チョンウ」だったり、「キム・チョンイ」だったり、最後の音が消えやすい音も多くある。日本人はそれを聞き取れない。

 韓国の反応を見ると、自分が「バカにされたのではないか」という被害妄想の傾向が伺われる。以前、アメリカのコーヒー店で、カップにつり目の顔イラストを描かれた、といって、韓国人が騒いだことがあった。店員が注文者を特定できるように描くアイコンだったが、これが不適切かどうかは解釈が分かれるところだ。こういうことがあって、韓国人は外国でどのように遇されるのかにことさら敏感になっているのだろう。

 これは「わさび寿司」にも同じことが言える。最初に断っておくが、もし寿司職人が嫌がらせのために、わさびを多く入れていたとしたら許されないことだ。しかし、店側は「客の要求が多いので、あらかじめ多めに入れて出している」と説明し、嫌がらせの意図を否定している。

 寿司職人にとって、自分が出した寿司が全てだ。完成品である。それを目の前で味を“加工”されるのは職人の腕を否定されたも同然である。「さび抜き」程度はいいにしても、わさび増量はネタの味を損ね、もはや寿司ではない。職人にとって受け入れがたいものがあったと思われる。もしそれがある種の“報復”感情に繋がったとしたら残念だが。

 比較的辛いものが好きな韓国人や中国人がわさび増量を求めるのは理解できる。だが、それも程度問題だ。この寿司屋が、あまりにも要求が多いので、あらかじめ増量して出したという背景には、客に対する「うんざり」感がにじみ出ている。サービス業とはいえ、寿司屋は日本人でさえ、注文の仕方、食いっぷりが難しい処だ。そもそも常識はずれの大量わさびを入れた寿司など、職人なら出したくない代物だ。

 今回の「キム・チョン」問題、「わさび寿司」問題は韓国側の過剰反応の面が強いと思われる。韓国人に限らず、外国人が分からないことをいいことに、誤魔化したり、陰でバカにしたりということはままあることだ。お互いの習慣や違いを理解し、「無知」を受け入れること、また「無知」を押し通さないことが国際交流には必要なのである。

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