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何はともあれ、結果を出すことですね

 行政の長たるもの、問題を指摘するだけでなく結果を出すことが重要だ、今の段階ではまだ小池さんによくやった、とか、よくやっているなどとエールを送るわけにはいかない、というもっともなご意見が寄せられた。

 それはそのとおりで、これは問題だ、何とかしなければならない、などと騒ぎ立てるだけで何の解決策も何の結論も出せないようだったら、単なるお騒がせ屋さんで終わってしまうぞ、という警告には真摯に耳を傾ける必要がある。

 修羅場を何度も潜ってきた小池さんは、必ず結論を出す、多少の紆余曲折ぐらいはあるだろうが必ずほどほどの解決策を出す、と私は見ている。

 野党生活に慣れ親しんでしまった人は、言うことは言うが、何の解決策も示せないで、結局問題を複雑にしてしまったり、収拾不能な状態にしてしまったうえで、最後は投げ出してしまったりするものだが、自民党で閣僚を務めたり党三役の重責を担ったことがある人は、それなりの落としどころを探しながら問題点の指摘をするのが常だから、まず収拾不能な状態にまで問題を複雑困難な問題にすることはない。

 本当に解決しようがないことには深入りしない、乗り込もうとしている舟が泥船かそうでないかはしっかり見極める、いくら大船でも、大嵐が迫っていることが分かっているのに嵐に向かって出航するようなことはしない、というのが、それなりに聡明な人たちの判断である。

 まあ、それでもドンキホーテのように已むに已まれぬ思いから普通では考えられないような突飛な行動に出ることもあるだろうが、小池さんは、潮の流れも、空気も、さらには一般の大衆の心を読むことも出来る人である。

 目立つようなことをする人に対してはあれやこれやケチを付けたり、時には難癖を付けたくなることがあるのは人の常だと言っていいだろうが、まあ、それほど心配されることはない。

 私が、大丈夫、大丈夫、などと言っても、何の根拠もない気休めだ、などと言う人もいるにはいるが、本当に大丈夫なのか大丈夫でないのかは、ある程度経験で分かってくるものである。

 心配症の方や過度に潔癖な方は、大丈夫か大丈夫でないかをトコトン突き詰めないと安心できないようなところがあるが、まあ、私が大丈夫と言う時は、大体は大丈夫である。
まるで信仰の世界ですね、と冷やかす方もおられるが、世の中のことは大体そんなものである。

 そのうちに分かる。
 そんなに長く待つ必要はない。

 それが証拠に、小池さんの知事報酬半減条例は特に反対なく通りそうである。

 3分では足りないが、3カ月もすれば見えてくるはずである。


「早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」」より転載
http://ameblo.jp/gusya-h/

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