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「便所メシ」で考える豊洲移転問題

 築地市場の豊洲移転問題が完全にデッドロックに乗り上げて、にっちもさっちも行かなくなっている。この問題を都庁の役人たちに任しておけば、おそらくは明後日の方向に議論が進み、納得のいかない幕引きを迎えるだろう。そんな事態を回避するために、この問題の本質的問題を指摘し、解決方法を提示したいと思う。

 新聞やテレビは自分達が取材したスクープを除き、大抵の場合、役人たちが用意したサマリー(要約文)をさらに要約して報道しているに過ぎない。とりわけ都政のように、大問題がなければ都民国民の関心が低い分野はそうである。

 豊洲移転問題は、都職員の説明がデタラメだったという点が焦点の一つなので、さすがに彼らの主張を鵜呑みにはしないだろうが、議論の出発点は、彼らが提出する資料になるはずだ。

 では、彼らはどのような資料を用意するだろうか?

 遡上に乗せられる論点は次の2点だ。

 ①豊洲は本当に安全なのか?
 ②豊洲移転を決行しなかった時にかかる費用はいかほどか?

 論点をこの2点に絞った上で、都庁の役人達は、化学の専門家達を使って、地下の汚染物質が地上の豊洲新市場に与える影響は限りなくゼロに近く、「豊洲新市場は安全である」とアピールするだろう。

 また、豊洲整備にかけた予算が無駄になる不合理を訴え、経済学者を通じて「事ここに至っては移転するしかない」という世論づくりにも躍起になると思う。

 こういった路線にあるのは、「豊洲は科学的に『安全』なのに、専門知識のない都民は『安心』していない。だから丁寧な広報活動により実情を都民に理解してもらい、都民の『安心』を勝ち取ることが重要である」という思想だ。

 行政マン達は、「安全」=客観的・合理的なリスクの無い状態、「安心」=住民が安全を確信している主観的状態、と捉え、それを理解させることができれば、後は経済合理性に基づいて豊洲への移転は納得されるものと信じているのである。
 それに対しマスコミは反権力的な学者を動員して、「基準値より低いが汚染物質が検出された」「完全に安全とは言えない」といったキャンペーンを張るかもしれない。

 だが、それらは大いなる勘違いである。豊洲移転の最大の問題は、「安全」でも「安心」でもなく「穢れ」である。私たちは、それが「客観的に安全である」と頭で理解し「安全性を確信し」ていても、「気持ち悪いものは気持ち悪い」という感情を捨てきれない。それを私は今「穢れ」という言葉で表現した。

 例えば、変死体が発見された不動産、いわゆる事故物件である。これらの事故物件は科学的には他の物件同様まったく安全である。そして、よほど信心深い人を除けば、科学的に安全だという事は不動産を探している当人も分かっている。しかも、購入するにしても賃借するにしても事故物件は安いのだから経済合理性もある。では、皆が事故物件を買ったり借りたりするだろうか? もちろん答えは否だ。

 もっと卑近な例を言うならば「便所メシ」である。若者が一緒に昼食を食べる友達がいない事を恥じて、トイレで昼食を取る者がいるということで、数年前に話題になった。しかし、よくよく考えてみると「便所メシ」は極めて合理的である。最近のトイレは駅の公衆トイレ等を除けば屎尿の臭いなどまったくしない。ビジネスマンがオフィス外で極秘資料を見ながら昼食を食べようとすると、最低限個室のある店に入らなければならず(ちなみに私はそういう時はカラオケ屋に1人で入る)、それ相応の値段が張る。だが、ホテルのトイレに駆け込んで、個室でゆっくり資料を見ながらコンビニ弁当を食べれば安上がりだ。「衛生上の危険性はない」ことは理解できるし、「経済的に合理的」であることも分かっている。だが、ほとんどのビジネスマンはそういう行動をとらないだろう。

 東京ガスが廃棄した有機物質に汚染された豊洲の地はいわば「穢れた土地」である。その上で捌かれたマグロを銀座の寿司屋で食したいだろうか? 例えベンゼンが検出されなくても、ヒ素が基準値以下であったとしても「気持ち悪いものは気持ち悪い」のだ。

 これこそが豊洲移転問題の隠れた、しかし、最大の問題である。もちろん、このような意識を持っているのは都民だけではない。日本国民全体の信仰のようなものだ。だから豊洲移転を強行しても豊洲が“築地”になれる訳ではない。ブランド価値は東京近郊の他の市場が、漁夫の利として持っていくだろう。

 この問題を解決する方法はただ一つ。都民投票だ。私は政治問題を何でも国民投票、住民投票で決しようとする姿勢には反対だ。しかし、豊洲移転問題は理性ではなく感情の問題だ。いや、より正確には「役所や学者が言う『安全』と『経済合理性』を信じるか、自分の素朴な感情を信じるか、信仰と信仰のぶつかり合い」である。このような問題を解決できるのは「民主主義は多数決で決する」という戦後最大の信仰だけなのである。

 幸い来年は都議会議員選挙の年である。それと同時に行えば争点もでき、投票率も上がるし、追加予算も少なくて済むだろう。

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