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パソナが仕掛ける障害者の才能発掘

空港屋上での絵画展

 羽田空港は第2旅客ターミナル5階―。エレベータを降りると一面は広い屋上で、その中央に「展望デッキ通路 星屑のステージ」があり、見晴しのいい展望デッキ通路になっている。

パソナハートフル社パンフレットより

 7月1日から14日にかけての2週間―。デッキ通路を使い、絵画の展覧会が行われていた。人材派遣会社「パソナグループ」の系列会社「パソナハートフル」が主催するもので、初日は朝早くから多くの見学客が足を運んでいた。

 私が見学に訪れたのは開店初日の午前10時過ぎ。早朝にもかかわらず、アジアからの団体見学客が訪れ、狭い通路は一時、足の踏み場もないほど混雑を見せていた。

 通路に展示された30点ほどの絵画は、パソナハートフル社のアーティスト社員、10数人の手になるもので、「日本百名山と羽田空港」をテーマにしたものだ。

 一例を紹介すれば、「赤く染まった富士山」や「鳥海山」、「阿蘇山や伊吹山」、そして北海道の「トムラウシ」などが描かれている。トムラウシは大雪山国立公園のほぼ中央に身を構えた山で、周囲を花で囲まれた美しき山として知られている。そんな山々を描いた絵がデッキ通路に掲げられ、見学者を驚かせ、あるいは感動させていた。

 ご承知のように企業には障害者雇用の義務がある。社員数に応じて一定の割合で、障害者を雇用しなければならないのが日本のルールだ。

 「パソナハートフル」はパソナグループの特例子会社として、2003年4月に設立され、「才能に障害はない」をコンセプトに、グループ各社からの仕事の請負い、あるいはアート村、アート村工房、ゆめファーム、パン工房など障害者の新しい職域の開拓に取り組み、それぞれの得意分野を活かして障害者の自立を支援してきた。

 例えば「アート村」では、メンバーそれぞれが絵を描くことが業務で、雨の日も晴れの日も、いわば1日中絵を画いている。現在、「アーティスト社員」と呼ばれる専門者が、17~8人ほどに拡員されてきているが、日本でもユニークな存在の企業になっていく可能性を秘めている。障害者が各種オフィス業務の代行、パン・菓子類の製造販売、無農薬・有機野菜の栽培・販売、さらにはアーティスト社員となり、絵画の制作から販売をも手掛ける、いわば会社は小さな複合企業といえる。

新しい働き方

 パソナハートフル社長の深澤旬子氏は言っている。

 「パソナグループは育児を終えて、もう一度働きたいと願う家庭の主婦の方々に、仕事の場をつくりたい。そういった思いから1976年(昭和51年)に、人材派遣事業をスタートさせたのがパソナです。以来、雇用マイノリティ(少数派)に向けた雇用インフラの創造と、“新しい働き方”の提案を絶えず挑戦してきたというのが、パソナでもあります」

 創立13年後の1989年には、特例子会社パソナサンライズを設立、“才能に障害はない”をコンセプトに、障害者の雇用創造にも取り組み、2003年にはパソナグループの再編とともに、特例子会社「パソナハートフル」を立ち上げた。

 オフイス業務の受託はもとより“アート分野”など、障害者に適した新しい職域開拓に取り組み、障害者の自立を支援してきた。

 その新しい働き方の一つとしてパソナグループが、03年4月に発足させたのが「パソナハートフル」。もちろんスタッフの核となったのは知的障害者たちで、それを健常者たちが支える形になっている。障害者の雇用へ本格的に取り組み姿勢を見せたわけである。

 2004年からは、絵を描くこと業務とする「アーティスト社員」を採用し始め、現在その数18人まで膨らんできている。今回、その中の11人の作品が選ばれ、羽田空港「展望デッキ通路」での展示会が催されたわけだが、1人でも多く一人前のアーティストへ育て上げるのが、同社の目的でもある。

 そこで同社は、早くから動物画家として名の知られた相澤登喜恵さんを指導者に招き、アーティスト育成に力を注いできている。現在は月8回のスケジュールで教室を開き、研修者と一緒に勉強をしているという。私がお邪魔をしたときは、1人の研修者が何か意に沿わないことがあったのか、へそを曲げ相澤教師に反抗心を見せていた。相澤指導者は、「生徒たちの力量、筆さばきにはなかなか鋭いものがあり、指導をしていて楽しいものがある。ただ長時間の緊張に耐えるのは難しいようで、長時間机で筆を持ち続けていることができない。そこを騙しだましリードしているのですが、でも皆さんと絵を描くのは楽しい」といっている。

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