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ウチナンチュから見る改憲論議

 今年は、日本国憲法(以下、当用憲法と呼ぶ)が制定されて、70年目の年になる。日本国憲法をめぐる論議といえば、必ず憲法第9条の改正で、国論が二分される。しかし、2011年3月11日の東日本大震災を契機に、緊急事態条項の創設が議論されてきた。そして、昨年に安全保障法制が成立したのを受けて、安倍総理の在任期間中に憲法改正を目指す安倍政権と自民党は、緊急事態条項の創設から先に憲法改正を行うという議論が出てきた。そこで、今年4月の熊本地震でさらに緊急事態条項の創設の議論が過熱することになるだろう。

 さて、テレビや新聞の報道をみていると、緊急事態条項の議論はあまりにステレオタイプの議論に終始しているようにみえる。代表的なのが、ワイマール憲法の国家緊急権規定を悪用したナチス政権の誕生と結びつけることである。古舘伊知郎キャスターが降板する前のテレビ朝日系「報道ステーション」は、憲法特集を放送したことがあった。そこでは、ナチス政権下のドイツの資料映像を流し、「国家緊急権の悪用」を誇張して報道していた。だが、「国家緊急権を行使しないことで起きた悲劇」については誰も議論してない。

 1945年4月。大東亜戦争末期の沖縄に、米軍が上陸し、同年6月23日まで日米両軍による沖縄県民を巻き込んだ悲惨な戦闘が繰り広げられた。県民の死亡者数は10万人近い。さて、なぜこのような悲惨な戦闘が沖縄だけで行われたのだろうか。それは、当時の沖縄県知事の「判断ミス」に原因があったと言えるだろう。

 牛島満中将率いる日本軍第32軍は、米軍上陸前に沖縄に戒厳令を布告して県政を握拍することを検討していたが、当時の沖縄県知事の島田叡が戒厳令の布告を見送った。大日本帝国憲法には、戒厳についてしっかり明記されているにも関わらずである。もし、戒厳令が布告されていたなら、全沖縄県民は、本土や台湾などに疎開させられて戦火を免れることができたはずである。しかし、この「判断ミス」により住民を巻き込む形での戦闘が行われたのだ。

 振り返って、我が国の当用憲法はどうだろうか。参議院の緊急集会を除けば、緊急時における規定は存在しない。これでは、非常事態宣言あるいは戒厳を布告することさえ不可能だ。「二度と沖縄を火の海にしない」という人たちに限って、改憲論議や緊急事態における危機管理の議論を避ける傾向にあるが、本当に「命どぅ宝」(ぬちどぅたから=命こそ宝)というならば、命を守れない当用憲法の体制から脱却し、自主憲法制定に向けて、建設的な議論を始めるべきである。

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