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マダムの念仏

マイアミの風

 数年前のことだが、ニューヨークの友人からメールを受け取った。それは米国の中でも最も凶悪な囚人だけが100名ほど収監されている刑務所の所長となった人の回想のコピーだった。その方は囚人の矯正のためあらゆることを試みたのだが、囚人たちはことごとく反発した。

 所長は苦悩の後、ただひたすら100名の囚人の名を毎日一人ずつ呼び上げ、ごめんなさい、許してください、愛しています、感謝しますと続けた。1年ほど経つと囚人たちの様子が劇的に変わっていった、という内容だった。私にとってはいい話ではあるが、それ以上のものでもなくすぐ忘れた。

 ところが、それから数ヶ月後、私の属するコミュニティーでいろいろな問題が起こり柄にもなく頭を悩ませるようになった。その時どういうわけか上記の話が思い出されたのである。まずコミュニティーのネームリストをつくり毎朝それぞれの家庭の名前を呼び上げ、おはようございます、ごめんなさい、…と続けた。

 米国人が多いため名前を読み上げるのには苦労した。その後世界中の知り合いを加えていったのでリストは増えたが、全部の名前を暗記するようにした。これを自分では念仏と称し部屋の中を歩きながら唱えていたが、ある時から朝早くアパートの敷地内を歩きながらするようになった。40分ほどの時間。1年が過ぎ、2年が過ぎ6年がすぎた。旅先でも空港でも時差を調節しつつ歩き唱える。

 劇的な変化というのは自分自身の中に起こっていることに、今は気づく。リストの中にはいろいろな人が含まれているが、その人たちは当然ながら私が”念仏”をあげていることは知らない。だが、関心をもたれていることを人は特殊な感覚でキャッチするようで、思いがけない所から連絡が来たり、不思議な経験をたくさんするようになった。

 朝早く歩いていると出会うのは、のら猫や草花だ。ある朝、びっこをひく野良猫に出会った。あなた、ケガしたの。大丈夫?何もしてあげられないけれど今日も元気でね、と話すと、猫が立ち止まり私をみてじっと話を聞くのだ。

 のらねこに ふりむかれての 乱舞かな ミャオ

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