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次の首相に国防意識は有るか?

■国防に無関心な政治

 世界では米中対立が激化し、武漢ウイルス・パンデミックも終わりが見えない。それでも日本は平和だ。与党も野党も国防や国際情勢には無関心。今の総裁選には国防に関心を持つ議員がいるようだが、選ばれるかは不明。

 ネットでは北朝鮮に拉致された自国民の救出や、日本を守る国防意識の有る議員が望まれている。だがテレビでは、真逆の人材が好まれている。議論のための議論では政治ではないし、日本の未来のためにならない。

【イージス・アショア】河野太郎氏「何が必要なのかは『議論』が…」「抑止力をどう高めるかの『議論』も…」「優先順位の『議論』も…」

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■政治家の目的は平和構築

 国防のために議論することは良いことだが、既に確立されている基本を土台にすることが前提。基本を知らなければ時間の無駄になり、議論のための議論に終わる。だから私は、議論の土台となる基本を説明したい。

政治家の目的:新たな平和の構築
軍人の目的 :敵軍撃破の追求

政治論:全国土を守る
軍事論:防衛の優先順位を決める(防衛の最優先は重要な軍事基地)

共通目的:国家が滅亡しないために戦う

 政治家の目的は新たな平和の構築になる。何故なら国土を守ることが政治であり、軍人は政治が決めた敵を撃破することが目的になる。さらに軍人は、防衛の優先順位を定め、攻撃と防御を組み合わせて敵を撃破する。

■軍政と軍令の違い

 世界共通の概念として、政治家担当の軍政と軍人担当の軍令に区分されている。だが日本の政治家は、この区分を知らない者が多い。実際に、北朝鮮に拉致された自国民救出すら軍政を用いていない。

軍政:宣戦布告・停戦・休戦・国軍に戦争の政治目的を付与する。
軍令:軍隊の組織と運用は経験則に従い原則として自由。

軍政:法の枠内の話。
軍令:憲法・法律などの法の外の話。

国防大臣:軍政の補佐
参謀総長:軍政に適した作戦戦力・作戦期間・戦域設定としての軍令の補佐

 首相(大統領)が軍政を担当し、国防大臣が軍政の補佐を行い、軍隊の参謀総長(幕僚長)が軍令の補佐を担当する。これが大半の軍隊で共通している。これを日本で端的に言えば、下記の様になる。

 「日本国家は自衛隊を保有し内閣総理大臣が軍政を発動し、軍隊に対して目的を達成するために運用させる。国外における自衛隊の軍令は憲法と法律の外である」

■軍事理論を無視した国防方針

 日本は海洋国家だと認識すれば、日本の戦場は国境から大陸の海岸線が戦場となる。つまり、国内を戦場にすることは国防として失敗。しかも300年の戦争史から見れば、海洋国家の戦場は、大陸の港の背中が基本。さらに言えば、海岸から内陸まで200kmが侵攻限界。

国防方針   :領土・領海・領空を戦場にしない(戦場は国境から国防線の緩衝地帯)
海洋国家の戦場:大陸の港の背中(海岸から内陸まで200kmが侵攻限界)

 今の日本の国防方針は、国内に敵軍が侵攻してから戦闘する。これは自国民を戦闘に巻き込むことが前提であり、第二次世界大戦時の沖縄戦を再現することを意味する。戦争史・軍事理論を無視したのが、日本の国防方針。これでは国民を守れないし、戦争の惨禍に巻き込むことが前提。これを認識しないのが日本の政治家。これが日本の悲劇なのだ。

国家の安全保障
1:国家の尊厳と独立が外交によって解決できない時は、軍事力を用いて国家の尊厳と独立を維持する。
2:国際社会に参加して国家の信頼を得ることで安全保障の環境を整備する。
3:軍事力を背景とした外交を目的として実行する。

 国家の安全保障の基本は何か?
自衛権とは生存権であり、国家の独立(自由)を目的とした自衛権を発動する。自衛権は国民の自然権(生存)を総和とし、国家の主権を守る国家の自然権。

 国民の人権は国家が与えているので、国家が消滅すれば国民は無人権になる。国家は国民を無人権にしないために軍隊を用いて戦争する。それが国家の戦争目的。自衛権は生存権だから、国家が滅亡しないために戦争する。

 単独で国防は難しいし、国際社会に参加することも求められる。だから国際社会に参加し、日本の信頼を獲得する。これで日本と同盟国を増やし、仮想敵国が日本と戦争しないように環境を作る。

 何故なら、日本と戦争するなら容易。だが日本・アメリカ・イギリスの同盟になれば?
日本と戦争すれば、同時に3カ国を敵に回す。これでは戦争に勝っても自国の損害が大きくなる。仮想敵国に戦争を躊躇させ、戦争の敷居を高くすることが国際社会への参加の目的。

■戦争は政治の延長

 国際社会では政治の延長として戦争が有り、戦争も政治の一つ。だから軍事力を背景に政治を行うのが国際社会の基本。日本の国防方針と戦場を想定できれば、次は順番に整備することが求められる。だが戦後日本は、この基本を放棄している。だから、北方領土奪還・北朝鮮に拉致された自国民救出ができないでいる。

国防方針の手順
1:国防の基本方針で防衛の目標を定める。
2:どのように守るかの「戦略」を立てる。
3:仮想敵国に対する「防衛戦争計画」と「有事動員計画」を作成するとともに、予期しない脅威の発生に対応する「不測事態対処計画」を備えておく。
4:防衛戦争の危険が発生しないように、国際社会と協力する「関与の戦略」を立てる。
5:戦闘ドクトリンを研究開発し、それを演練する常備軍を編制する。そして、防衛戦争計画と動員計画の発動に備えた「平時体制」を整備する。
6:防衛インフラストラクチャーを強化するため、基地を戦略的に展開・整備する。

 国防方針の手順を見ると、全てが未整備であると言える。敵基地攻撃能力は必要だが、これを成立させるための兵器開発・購入・訓練・基地ネットワークなどが存在しない。だから敵基地攻撃能力の兵器を自衛隊が保有しても、能力を発揮することはできない。

■憲法9条は無意味

 憲法9条は無意味。国際社会で効力を持つなら、各国で採用されている。現実は紀元前の時代から使えない。古代ギリシャ世界にミロス島が存在した。ミロス島は非武装中立を唱え、仮に侵攻を受けた場合は「アテネかスパルタに救援を求める」方針だった。

 ミロス島の住民は、アテネとスパルタが戦争する想定をしなかった。その後、大陸国家スパルタと海洋国家アテネが戦争を開始。後にペロポネソス戦争(紀元前431―紀元前404)と呼ばれるようになった。

 アテネは戦略的価値が高いミロス島が敵に奪われることを想定し、早期の段階でミロス島を予防占領する。非武装中立を選んだミロス島の住民の結末は悲劇である。屈強な男は殺され、女は奴隷として売られた。ミロス島の結末は、憲法9条が紀元前の時代から使えない概念であることを意味している。

 戦後日本はアメリカ頼みの外交と国防で生きてきた。戦後日本の平和は日本単独で得たものではなく、アメリカの核の傘の下で得られた。この現実を理解すべき。そして、日本独自の国防方針を定め、日本は自衛隊で守る意思が求められる。次の自民党総裁には、是非理解して欲しい。

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