ワシントン・タイムズ・ジャパン
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法曹界もだんだんまともになってきた!

 夫婦別姓を認めない民法の規定は合憲という判断を最高裁が示しました。

 至極当然のことと思います。

 大部分の日本人が現行制度で満足をしているのです。そして仕事上の問題などは旧姓使用を広い範囲で認めていますので、実質上の不便さは解消されてきています。

 丸川珠代オリンピック組織委員会委員長もある意味「通名」です。でも、ちゃんと丸川で立派に仕事が出来ていますね。

 ここでいつも問題になっているのに、日本人の議論でスルーされてしまうのが、「結婚・婚姻」の定義です。

 「婚姻」の定義: 結婚すること。夫婦になること。男女の継続的性的結合と経済的協力を伴う同棲関係で、社会的に承認されたもの。

 「結婚」の定義: 法律上一組の男女が夫婦になること(法律婚) それによって社会的に「夫婦である」と承認されること。

 今回の訴訟では、夫婦別姓で市役所に申請したら役所が受理されなかったので、民法の規定が憲法違反だといちゃもんを付けたのです。

 当たり前だと思うのは私だけでしょうか?

 「結婚」の概念は法律で男女が夫婦と社会的に認められることです。

 当然、仲間内や家族で夫婦と認めて普通に生活をしている(実質婚)の人もいるでしょう。それを私は一切否定しません。

 ただ、社会的に認められるのは一定のルールに基づいたものだけとなると思うのです。

 ハンコを押す場合にも、重要な書類には「実印」が必要となります。何万円もする象牙のハンコでなくても、500円のハンコでも役所に実印登録をするとそれはその人の「実印」となり、重要書類に押印することができ、それによってその人の権利が守られ、また義務が生じます。

 立派なハンコを持ってきて「これ私の実印だから」と重要な書類に押されても、社会的には何の効力も無いのですから、近親者だけが信じるかもしれませんが、赤の他人はそれを信用することができないと同じではないでしょうか。

 社会的に認められるというのは、その一つの要因に法的に認められるということです。それが無ければ、何を根拠に信用があると言えるのでしょうか。

 夫婦別姓を主張している人は、法的に根拠のない自称実印で土地の取引をしますか?

 以前、民法の規定で非嫡出子の相続できる割合は嫡出子の二分の一でした。平べったい言葉で言うと、法律婚の正式な夫婦の間に生まれた子供とよそで作った子供の財産の相続割合が違うのは不当だと訴えた人がいて、あれよあれよという間に相続割合が同じにされてしまいました。

 これは実質上の法律婚の優位性を揺るがすための第一歩でした。

 この時に、普通の主婦が「子供は同じなのだから一緒にすればいい」と軽く言っていたので、「一番迷惑を蒙るのは奥さんですよ」というとびっくりした顔でこちらを見つめました。「でも、内にはそんな財産もないし、うちの旦那はそんな甲斐性もないし」というので、次のような説明をしたところびっくりしていていました。

 「財産がないと言っても、持ち家がありますよね。この家は夫婦が一所懸命に共同して建てた家ですよね。財産はこれだけとしたときに、よそに旦那さんが認知した子供がいたばあい、その外の子供が財産を要求してきます。するとほかに分ける財産が無い場合、この家を分割して相続させる、実際はそんなことできないので、この家を売って財産分与をしなければならなくなります。すると、奥さんがこれから住む家がなくなるということですよ。」

 というと、「それは困る」と下を向いてしまいました。

 このように自分には関係のないことだからどうでもいいといい加減な気持ちで賛成していますが、実際自分の問題になると大きく変わるのです。

 だからいつも言っているように「他人事として見るのではなく、自分のこととして見ることが必要だ」ということです。

 夫婦は結婚するときに、どちらかの姓を名乗ることを選択できます。そして生まれてきた子供は家族で同じ姓を名乗ることになります。

 それにより社会的にも夫婦・家族と認められ、いろんな義務も生じますが、いろんな権利も享受できるようになるのです。

 そしてここも重要なのですが、現行制度で何が不自由なのですか?

 この社会は一定のルール(法律・義務)を皆が守るからそのルール(法律・権利)が私たちを守ってくれています。

 その条件に逸脱するときは、その権利も得られないということです。

 少数の権利を主張する人のために、大勢の社会的に規範が壊れ、秩序がなくなると多数の権利が侵害されることになるでしょう。

 だから夫婦別姓に私は反対しているし、現行制度で全く問題ないのです。

 興味深いデータを見つけました。

 アメリカ人ラリーエルダーという黒人の弁護士の調査で、1965年の黒人の婚外子の割合は25%、白人のそれは5%でした。

 2015年になると黒人の婚外子の割合が73%であり、白人のそれは25%に増加していました。

 そしてこれが貧困と犯罪を再生産させる原因となっているという主張をしているのです。

 左巻きの政治家は、福祉に頼らなければ生きていけない人御割合を増やし、その票で選挙に勝つことを目的としています。

 ということは、貧しく恵まれず、不幸な人が多ければ多いほど、自分たちの議席が増えるのです。そしてそんな人が少なくなれば、自分たちの議席も少なくなるのです。

 だから左巻き野党が増えたら皆不幸になるのです。

 立憲民主党や共産党を見ればよくわかりますよね。そこに公明党も入ってきます。

 さすれば、左巻きの政治家が少なくなれば、つまり蓮舫や枝野や福島瑞穂のような左巻きの政治家が少なくなればなるほど、日本国民の幸福度は増すということです。

 家族という社会の基本単位をきちんと確立させることが、社会の秩序を守り、社会の安定化につながることで、努力をすればするほど報われやすい社会が実現できるということです。

 最高裁の判例には今まで驚かされ、怒りを覚えたものが多かったのですが、ここにきてやっとまともな法曹界になりつつあるのではないでしょうか。


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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