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高校生シンガーAdoの「うっせぇわ」に賛否の声、自由に聞けば問題はナシ

 最近、街中や飲食店でよく「うっせぇわ」を耳にします。高校生シンガーAdoさんのデビュー曲で、曲調、歌詞、歌い手の高い技術が相まって、特にサビの「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ」の部分は耳に残る中毒性があります。昨年の10月にYouTubeで公開されてから1.3億回以上も再生され、若者を中心に支持されています。小学生や、今では幼児まで口ずさむほど浸透しており、なかなか過激で、決して良いとは言えない口調の歌詞ということもあり、子を持つ親からは否定的な声も上がっています。

歌詞と歌い手の相性抜群な楽曲が、現代の若者を惹き付ける

 「うっせぇわ」の歌詞をみてみると、歌い出しの後、「ちっちゃな頃から優等生 気づいたら大人になっていた ナイフの様な思考回路
持ち合わせる訳もなく」と続いています。これを聞いたときに、チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」を思い出しました。「ちっちゃな頃から悪ガキで
15で不良と呼ばれたよ ナイフみたいにとがっては
触るものみな傷つけた」という歌い出しで、この曲を意識したのかもしれないと思わされます。「ギザギザハートの子守唄」は、まさに不良の生きざま、生きづらい世の中への直接的な抵抗感を抱く若者の叫びを歌っている歌詞で、当時は尾崎豊など、価値観、生きざまを押し付けてくる大人、社会に対して抗い、もがき苦しむ苦い青春を歌う曲が流行していたように感じます。一方、現代の若者は、生きたい通りに生きるよりも、社会の波に上手く合わせて、それなりの収入を得て、趣味をもって、結婚をしてと、順風満帆に生きることを目標とする現実主義者が多く、不良のような生き方は受け入れられないのかもしれません。「うっせぇわ」でも現代の若者らしく、優等生のような生き方で、ナイフのように他人を傷つける思考は持っていないと歌っており、社会人としてのルールを押し付けてくる上司に対しても、苛立ち、抵抗感はあるものの、自身は模範人間なので、殴ったりすることはせず、「言葉の銃口を
その頭に突きつけて撃てば」と歌っているように暴力ではなく言葉で対峙しようとしています。

 しかし、これも直接的に向き合うのかというと、そうではないかもしれません。例えば、SNSに上司の悪口を書き込んだり、仲間内で愚痴をこぼしあったり、同僚と結託して策略的に上司へ報復を行ったり、間接的な反抗をして、表面ではストレスをためながらこれも仕事の内と、笑顔を張り付けているのかもしれません。

 当たり障りなく仕事をするためには、腹の中はどうであれ、表面上は優等生を演じるという現代の若者が抱える精神的ストレスを表現し、発散させてくれる歌詞が、若者の心を掴んだのでしょう。

子供に聞かせたくないが、曲に責任はないのでそれぞれ自由にすれば問題はナシ

 曲としては、Adoさんの繊細な技術、作詞作曲したsyudouさんのセンスが重なり、完成度の高い中毒性のある楽曲となっています。曲として聞く分においては問題ないと思いますが、幼稚園の年中に通っている娘が「うっせぇー、うっせぇー」と歌い出した時には思わず、やめなさいと言ってしまいました。おそらく、小中学生の兄姉がいる子達が真似をして歌っていたのを耳にして、真似をしたのだと思います。大人は作詞家の意図を考え、歌詞の意味を自分なりに捉えて聞くことができますが、子供は、特に幼児は何の意味も分からず、悪い言葉遣いだということも分からず口ずさみ、親がああしなさい、こうしなさいと言う時に「うっせぇー、うっせぇー」と言うことを覚えてしまいます。娘には、意味が分からないまま歌わないことと教え、最近では歌うことはなくなりましたが、SNS上では、子供が歌詞を真似して困ると、「うっせぇわ」に対して否定的な声が上がっています。また、情報番組では、園児が「うっせぇわ」と歌いすぎて、保育園や幼稚園で禁止している現状が放送されていました。YouTubeという誰でも視聴できる媒体で公開されていることもあり、子供の耳にも必然的に入ってしまいます。

 「娘がいつも大声で歌ってるのを聴いてていい気持ちはしない。歌だからってわかってても、親として、子供が、うっせいー。くそだりーな。などの言葉を使ってるのを聴くと、嫌な気持ちになる」「曲の出来自体は評価できても、同時に何とも言えない不快感が、という感じもする曲。やっぱり大人だからこうした感想になってしまうのかな?」「我が子がこの歌をわるふざけで歌ったり、うっせぇな、なんて言葉を使わなくて良かった。歌われたり言われたものなら親からすればストレスでしかない」など、子供が真似をすることに対して、嫌な気分になる、ストレスを感じると、否定的に捉える声もあります。一方で、歌詞に共感できる、子供が歌っていたら一緒に歌う、むしろ自分(親)がカラオケで率先して歌う、という人も。

 中には、子供の方が歌を否定している、暴力的な言葉遣いだから友達の前では絶対に歌わない、という小中高生もいるようです。

 YouTubeのコメント欄をみても、1.3億回を超えたこともあり、Adoさんの歌声を絶賛するコメントや、歌詞のどの部分が良い、共感できるという称賛のコメントが多く上がっています。

 賛否ある「うっせぇわ」ですが、たとえ一過性の人気だとしても、曲としては出来がよく、Adoさんの歌唱力もすごいと思います。ただ、きれいな言葉遣いではないので、歌詞に対して賛否あるのはしょうがないことだと思います。まだ善悪の区別がつかない子供には聞かせたい曲ではないので、家の中では聞かせたくないですし、真似をして面白半分で「うっせぇわ」と言ってほしくないです。歌に責任はないので、何故真似をしてはいけないかきちんと説明できない親のせいで、なるべく耳に入らないよう気を付けることは親の責任だと思います。若者世代を中心に人気のある曲なので、現代の若者の気持ちを代弁している部分もあると思います。確かに社会のルールを押し付けられたら「うっせぇわ」と思ってしまいますし、職場の人間関係で、態度には出せなくても「うっせぇわ」と思うことはあるでしょう。自分以外は凡庸で、自分は天才だから、価値観を押し付けられてもどうだっていい、問題はナシと、突き放すことでストレスから解放され、カラオケで歌ってスッキリするのかもしれません。曲について賛否ありますが、聞く聞かないは自由で、好き嫌いがあるのも当然のことなので、それぞれが自由に「うっせぇわ」と心の中で留めておけば問題はないのではないでしょうか。

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