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うさぎの安楽死を公表した動物園に、批判の声と、理解を示す声寄せられる

 3月23日、盛岡市動物公園のホームページにて、昨年12月、飼育していたカイウサギ15匹を安楽死させたことが公表されました。一昨年からくしゃみや鼻汁などの症状が出始め、複数頭に鼻炎や結膜炎の症状がみられ、治療を行い、症状は治まりました。

 しかし、その後、再発がみられ、再び治療し、鎮静化したものの、昨年11月に再発がみられ、感染症が蔓延。行った対策や治療では根本的な解決策に至らず、安楽死を含めた対応について検討した結果、12月に獣医師による安楽死を実施しました。この発表を受け、SNS上では人間の都合による安楽死だと批判する声や、批判があることを承知で発表したことに対する動物園の姿勢を称賛する声など、賛否の声が上がっています。

カイウサギを安楽死させるに至った経緯と公表をした理由とは?

 盛岡市動物公園は、3月23日にカイウサギの安楽死を公表した後、様々な意見を頂き、説明不足だったとして、同月29日、園での飼育方法、治療経過、検討内容と判断についての詳細を追加報告しました。

 一昨年に発症し、治療を施して鎮静化されたものの、昨年の11月には発症が4回目となり、カイウサギ飼育箇所全体に蔓延。常に発症リスクにさらされている状況が続くこととなり、感染個体が継続的・潜在的に存在することが感染拡大の要因と判断されました。園で行ってきた治療や対策では、発症を繰り返すことから、全体での病気の根絶は難しいとの結論に至り、安楽死を含めた対応について検討を始めました。

 安楽死の他にも、分散飼育のために 1 頭 1 頭隔離してケージ飼育をする方法や、新たな飼い主を探すという案が挙がったといいます。

 しかし、分散飼育をするには、「他の動物を飼育している施設内でケージ飼育する手段しかなく、感染症にかかった動物を移動することはリスク(カイウサギへの移動ストレスによる症状悪化・移動先の動物への感染・感染個体の分散飼育による人を介した感染の拡大)が大きいと判断」し、分散飼育の案は選択されませんでした。

 また、1 頭 1 頭隔離してケージ飼育をする方法は、「衛生面・健康面で充分な環境を整えることが当園では現実的に困難であるため、分散飼育のために 1 頭 1 頭隔離してケージ飼育をする方法は選択しない」ということになったそうです。

 そして、新たな飼い主を探すことについては、「感染症にかかった動物を譲渡することによる園外での感染拡大を防止するために行っておりません。今回のケースもその原則に則り当園としては実施できませんでした」と報告されていました。

 報告文では、「当園としては園内の飼育動物で感染症が蔓延している状況を少しでも早く解消する必要があることも判断理由のひとつです」として、安楽死を選択するに至った理由をあげ、「苦渋の決断ではありましたが全頭の安楽死を決定しました」と報告し、「今回の事例では、発症、蔓延させてしまったことが安楽死という判断に至った大きな要因であることを反省し、今後の感染症対策強化に努めて参ります」と反省の姿勢を表していました。

 また、安楽死の報告に加え、喜ばしい命の誕生ではなく、動物の死に対する報告をすることにした経緯についても触れていました。盛岡市動物公園いわく、「動物公園再生事業について職員で考える中で、改めて動物に向き合う姿勢や意識を話し合い、明るい話題だけではなく、治療を繰り返している動物もいる現状や亡くなっていく命があることを皆さまにお知らせする必要があるという考えに至りました」と、職員が動物と真摯に向き合い、命を扱っている仕事であることを改めて考えるなかで、報告をすることに至ったとあります。そして、「動物の死亡も発信することにより、厳しいご意見なども頂きますが、このような姿勢に対して応援をいただくという関係も築けてきているものと考えています」と、動物園側と客側の関係性についても触れています。批判を受け止めながらも、公表することでオープンなイメージを築き、職員や動物への応援もかねて来園してもらえたらという希望を感じさせられます。

苦渋の決断を下した飼育員への批判を受け止める園の姿勢

 相当な数の動物を飼育している動物園では、元気な動物もいれば、病気にかかってしまう動物もいて、治療を受けても死に至ってしまうこともあり、生も死も当たり前の日常のひとつとなっているのかもしれません。客側からすれば、元気な動物の姿をみて、かわいい、かっこいい、迫力があるなど、非日常を楽しめる場所です。園にいる動物達、職員達は園での生活が日常で、命の誕生だけでなく、病気、死も、命を預かっている仕事としては当たり前のことになっているのではないでしょうか。盛岡市動物公園では、安楽死の検討をした際の議論で、動物の死に対して真摯な姿勢で向き合い、日常の当たり前ではなく、命の重みを改めて考えることができたのかもしれません。愛情がない故に安楽死を検討したのではなく、心苦しい選択だとしても、発症と治療を繰り返してうさぎ達に苦しい思いをさせるよりは、安楽死で楽にしてあげたいという思いがあったのだと思います。動物の命の死を勝手に決定することは人間のエゴだと言われればその通りですが、そもそも動物園の存在自体が人間のエゴです。狭い空間に閉じ込めて見せ物として飼われている動物達に、なるべく良い環境を作り、愛情をもって世話をして動物達の生涯の面倒を見る責任が園にはあります。その責任の中で、園が安楽死を判断し、客側が垣間見ることのできない動物達の現実を公表したということは、安楽死をされたうさぎかわいそう、他の方法があったはずだと安易に批判できないと私は思います。

 SNS上では、「動物を飼育する資格がない」、「許せない」、「ただの殺処分」、「身勝手な言い分」など、批判と怒りの声が上がっています。一方、「苦渋の決断だったと思う」、「仕方ない判断…」、「毎日世話していた飼育員の皆さんが一番辛かったと思う」、「報告してくれてありがとう」など、安楽死を全面的に称賛する声はありませんが、苦渋の決断をした飼育員への慰労や、公表した園の姿勢をポジティブに捉える声もありました。

 実際の飼育環境がどうだったのか、感染拡大となった原因が飼育環境にあったのかは分かりませんが、飼育員は動物の死に対して、重い責任があることは事実です。安楽死という決断は、動物への愛情があればあるほど苦しいものになります。飼育員もなんとかできるのであればしたかったと思います。それでも安楽死を選択したのは、うさぎ達の苦しみからの解放や、動物園の存続を考えたからでしょう。人間のエゴで運営されている動物園なので、動物第一主義といかないこともあると思います。厳しい現実のなかでの判断は決して軽い気持ちで行ったものではないでしょう。安楽死させてよかったと心から思うことは、飼育員でさえもできないと思います。今後同じことを繰り返さないよう、飼育管理を徹底して、動物達へ愛情をもって接してもらいたいと願います。

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