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神話への素朴な疑問に答える

歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

東京・江東区議の岩田まさかず先生は、古事記を通じて神話教育を強力に推進されている先生です。
その岩田先生が、実際に神話教育を推進しようとするときによく出る質問として、支援者の方々と協議して、6つの質問を上げてくださいました。
このことについての動画を撮影したのですが、こちらのブログでも、その要約を述べておこうと思います。

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神話に関する6つの疑問
1 神話ってそもそも何ですか?
2 神話は事実ではない作り話。教える必要がありますか?
3 他の国では自国の神話や建国の経緯を教えているのですか?
4 神様の名前は長くて覚えられない。神話ってむつかしくないですか?
5 神話教育って学校、家庭、どこで教えるのですか?
6 神話って宗教?学校で宗教を教えるのですか?
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 結論
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 はじめに結論だけを箇条書きにしてまとめたいと思います。
1 神話ってそもそも何ですか?
 (答え)神話は共同体の価値観の源

2 神話は事実ではない作り話。教える必要がありますか?
 (答え)神話 作り話
  神語 私達の共通のご先祖の物語

3 他の国では自国の神話や建国の経緯を教えているのですか?
 (答え)世界では教えることが標準。
  アメリカでは日本の神話まで教えている。

4 神様の名前は長くて覚えられない。神話ってむつかしくないですか?
 (答え)神様のお名前には理由がある。意味を知れば神様が身近になる。

5 神話教育って学校、家庭、どこで教えるのですか?
 (答え)いくつから学んでも大丈夫。神話には深さがある。

6 神話って宗教?学校で宗教を教えるのですか?
 (答え)宗教は生きるための「教え」。神道は生きるための「道」。

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1 神話ってそもそも何ですか?
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神話は人々が共同体を営むために何千年も前から語り継がれてきた物語です。

人々が猿と同じような原始共同体を営んでいた旧石器時代には、猿の集団と同じで神話などは存在していませんでした。
ところが新石器時代になり、人々が大きな集落を営むようになると、人々はコミュニケーションの手段として言語を発達させ、また自分たちがなぜ共同体を営んでいるのかの経緯や歴史を神話として持つようになったのだとされています。
つまり共同体を営むために不可欠の要素として、数千年の時を越えてもたらされたもの、それが神話です。

磨製石器は、人が石を加工して用いるようになった時代です。自然石を用いていただけの時代が旧石器、人が石を削ったり割ったりして加工して用いるようになったのが新石器時代で、新石器時代に使われていた石器のことを磨製石器と言います。

西洋では、その磨製石器の時代は、およそ8千年前のシュメール文明の遺跡に始まったとされます。
シュメールの遺跡が大切なのは、そこで磨製石器が発掘されていることです。
そして磨製石器の存在が、人々が猿の世界とは異なる大きな集落を形成し、人類としての文明社会を築いた最初の遺跡とされています。

なぜ磨製石器が重要かというと、まだ鉄器も機械もなかった時代に、硬い石を加工するためには、膨大な時間が必要だからです。
たとえば、ずっと後の時代になりますが、日本にあるヒスイの勾玉(まがたま)は、硬度が6.5で鉄より硬い。
その勾玉を加工するためには、石英の粉末を使って、何日も何ヶ月もかけて原石を磨き続けなければなりません。
小さな勾玉ひとつ作るのに、ひとりの大人が朝から晩まで専業で就いて、およそ2年かかります。

磨製石器の時代は、そんな勾玉が作られた時代よりも、はるか数千年もの古い昔です。
そんな古い時代に、人が硬い石を磨いて磨製石器を作るためには、専業の石職人が必要になります。
そしてそんな石職人を食べさせるためには、他の誰かが食料を採集し、また誰かが給仕をしなければなりません。

つまり、それは村落共同体の中に、役割分担が生まれたということを示します。
人々が共同体の中で、それぞれに役割を持ち、言語によるコミュニケーションを取りながら生活をしている。
つまりこれが人類文明のはじまり、とされています。

そして人々が、そのような共同体を営むためには、「なぜ自分たちはここで共同体を営んでいるのか」という核心となる物語が必要です。
その核心が神話という物語です。

我々が神話を学ぶということは、共同体の成り立ちの物語を学ぶことを意味します。
我々はどうして日本人なのか。
どうして日本が生まれたのか。
私達の国、日本の国柄は、どこでどうして生まれたのか。
日本とは何か、天皇とは何か、日本人とは何か。
そうした疑問に答える物語が神話です。

物語が成立すると、それが人々の価値観の、そして判断の基準になります。
なぜなら、それが共同体としての核心だから、です。
人生は日々判断の連続です。
そのとき、何が正しくて、何が間違っているのかという物差しを与えてくるのが神話です。

だから神話は「学ぶべき価値があるもの」なのです。
神話は物差しだからです。

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2 神話は事実ではない作り話。教える必要がありますか?
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神話という単語は、幕末に英語の「(ミス)MYTH」を日本語訳してできた単語です。
ぞれ以前の・・江戸時代には神話という語はありません。
それまでは、いわゆる日本神話のことは「神語(かむかたり)」と呼んでいました。

英語の「MYTH」には、仰る通り「根拠のない作り話」という語彙があります。
英語はイギリスの言葉ですが、そのイギリスは、ノルマンディ公が上陸してできた国です。
ノルマンディ公というのは、その名の通り「ノルマン」、つまりスカンジナビア半島の海賊のバイキングの一族です。
そのバイキングが、イギリスに上陸して、原住民であったケルトの人々を支配して生まれた国がイギリスです。

ケルト人には、妖精信仰がありましたが、ノルマンディ公は一神教のキリスト教徒です。
そこでケルトの妖精信仰を、すべて「根拠のない作り話(MYTH)」と呼んだのです。

けれど、そのような神話でさえ、イギリスの歴史学者のアーノルド・トインビー博士は、
「12〜3歳ころまでに民族の神話を学ばなかった民族は、
 例外なく100年以内に滅びる」と述べています。

我が国の神話は、日本にある様々な家系のすべてに共通した古い時代のご先祖の物語と考えられていました。
ですから幕末の翻訳家たちは、そういう大切なご先祖の物語である神語(かむがたり)を、根拠のない作り話と一緒にされたらかなわないということで、意図して神話という用語を造語したわけです。
そして我が国の神話は、仮にもし、西洋の歴史学が言うように磨製石器の時代に生まれたのだとするならば、我が国の磨製石器は、世界最古で3万8千年の歴史を持ちますから、万年の単位で伝承されてきた民族の物語であるということができます。

ということは、神語(かむかたり)は、私達にとってのご祖先からの贈り物といえます。
それを、果たして私達の世代で失ってしまって良いものなのでしょうか。

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3 他の国では自国の神話や建国の経緯を教えているのですか?
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実際に、世界中、どこの国であっても、その国の建国の経緯や建国宣言は、学校で子どもに教えています。
なぜなら、建国の経緯や建国宣言を知ることは、自分たちが目指す国家が、どのような理想のもとに建国されたかを知ることで、国民としてのアンデンティティを構築するために、必要だからです。
けれど、世界でたったひとつ、建国の経緯も建国宣言も教えていない国があります。
たった一カ国だけです。
それが日本です。

ところが、日本にそうした神話教育や建国の経緯を教えることを禁じたアメリカでは、米国の義務教育である中学校の教科書で、日本の神話を教えています。
そこには、イザナギとイザナミが、宝石を散りばめた矛(ほこ)を使って国土をつくるとそこに降りたってアマテラスが生まれ、その孫のニニギノミコトが地上に降臨し、ニニギの孫のジンムが初代天皇となった・・・と書いてあります。

要するに、神話や建国の経緯を教えることは、世界では教えることが標準であり、常識なのです。

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4 神様の名前は長くて覚えられない。神話ってむつかしくないですか?
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むつかしいです(笑)
けれど、実は、簡単にやさしくしようとして、かえってむつかしくしているのです。
神様のお名前というのは、現代人の名前のような個人名ではなく、その神様の特徴を表したお名前です。
日本の最初の神様は、アメノミナカノヌシノカミですが、本当のお名前はわかりません。
ただ、その最初の神様が、天空の真ん中の主の神様だから「天の御中の主の神様」という意味で、「天之御中主神」という名前が付いています。
そしてその神様が、高い次元で神々と結ばれたから、続く神様のお名前が「高みの結び(産巣)神」という意味で「高御産巣日神」、神々との結びという意味で「神産巣日神」という名前がついています。

これらの神様のお名前を、わかりやすくするためにと「タカミムスビノカミ、カミムスビノカミ」といったように、全部カタカナで記してしまうと、なるほどおっしゃるように、神様の名前が長くて覚えられず、神話もまた難しいものになってしまいます。

幼ない子が学ぶ神話と、大人が学ぶ神話では、その深みが違ってあたりまえです。
大人は、大人らしく、ちゃんと意味を理解しながら学ぶ。
そうすることで、同じ物語でも、理解の程度がまったく違ったものになってきます。

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5 神話教育って学校、家庭、どこで教えるのですか?
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昔は神話を学校で教えていた・・・とよく言われていますが、実際に小学校の国史の教科書を見ると、神話の時代から近代史に至るまで全15章のうち、神話に割かれているのは、最初の1章だけです。
しかもその1章の中で、イザナギ、イザナミからニニギノミコトの天孫降臨、神武天皇による建国、第10代崇神(すじん)天皇による四道将軍の派遣、第11代垂仁天皇による伊勢神宮のご創建、日本武尊(やまとたけるのみこと)の活躍、神功皇后の三韓征伐までが記述されています。

つまり簡単にいえば、いわゆる神話についての記述は、上に述べたアメリカの中学校の教科書と同程度の記述があるだけです。
ではどうやって昔の人たちが神話を学んでいたのかというと、実は大人になってからも学んでいたのです。

どういうことかというと、これこそが日本文化の誇るべき特徴のひとつなのですが、日本文化は幼児にもやさしく、奥行きがとても深い。
たとえば茶道であれば、お茶を飲むだけなら三歳児にもできますが、茶の湯の道を極めようとするなら、一生修行を積んでも、極に達することができるのは、何百年にひとりです。
武道、華道など、皆同じです。

神話もまた、子供には子供向けの理解があり、大人には大人としての理解があります。
それだけの深みを持つのが日本神話なのです。
教科書は、その深みに至るための、ごく初歩的な手ほどきを与えているにすぎません。

ですから神話は、いくつになっても、学ぼうと思ったときが、学ぶときです。
そしていつから学び始めても、そこには深い感動と、新たな人生への手ほどきがあります。

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6 神話って宗教?学校で宗教を教えるのですか?
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神話に限らず、神道もまた、宗教ではありません。
そもそも宗教という用語が作られたのは幕末の頃です。
神道は、幕末よりも、もっとずっと古くから存在しています。

宗教というのは、神の教えのことを言います。
ですから宗教法人法には、《「宗教団体」とは、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とする左に掲げる団体》(宗教法人法第二条)と書かれています。
要するに、教えがあって、その教えをひろめるのが宗教だというわけです。

ところが神道には、教えがありません。
信者の教化育成も、「言挙げせず」といって、まったく行いません。
なぜなら神道は「道」であって、「教え」ではないからです。

「道」と「教え」は異なります。
人が正しく生きる道のことを、人道と言いますが、人道は「教え」ではありません。
人は、道を得るために教えを求め、教えに従って道を切り拓きます。

たとえば受験勉強では、「こうすれば成績が上がる」、「こうすれば受験で合格できる」といったハウツー本がたくさんありますけれど、それらを読んだだけで成績が上がることは決してありません。
それらは合格のための近道を教えてくれるものではあるけれど、結局のところ、本人が勉強をしない限り、決して成績があがることはないのです。
このときの、受験生として志望校に合格するまでの道のりが「道」です。
そして「こうすれば成績があがる」という教えや、それぞれの教科の学習をすることが「教え」と「学び」です。
受験生は、「教え」を学びながら、合格という目標に向かって「道」を歩むのです。

これが人生における「宗教」と、道としての「神道」の違いです。

神話は、それぞれの神様が歩まれた道です。
それぞれの神様は、子や孫の幸せを願って活躍されました。
そうした幸せへの願いの連続の中に、いまを生きる私達の生命があります。

神社への参拝は、過去のご祖先への感謝であり、未来の子供たち、子孫たちの幸せへの祈りでもあります。
もちろん神社で自分のしあわせ(ご利益)を祈ることもありますが、それはむしろ自分がご祖先からいただいた「ご先祖の祈り」への「感謝」であり、子孫の幸せのための「祈り」であり、その祈りと感謝を、この先も未来永劫つないでいこうとする、過去と現在と未来をむすぶものであるのです。

お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
http://nezu621.blog7.fc2.com/

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