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米国の教科書に書かれた日本の歴史

なんと、日本で教えられない日本神話が、米国の中学校ではちゃんと教えられています。内容は戦前戦中の我が国の国史教科書に基づくものです。米国で教科書で教えられている日本の成り立ちが、なぜか日本ではまったく教えられていない。
その米国へ、留学や仕事で日本人が渡航するわけです。すると彼らは待ってましたとばかり、イザナギ・イザナミとアダム・イブはどのように違うのか?などと聞いてくる。ところが答える日本人は、イザナギ・イザナミといえば、ゲームのキャラクターくらいの認識しかない。
神話教育は、我が国の国民精神涵養の基礎になるものです。すぐにとはいかないまでも、この先、しっかりと教育の場で教えられるように、我が国の教育制度を根幹から見直すべきであると思います。

歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

名越 二荒之助先生の著書に『ドキュメント 世界に生きる日本の心―21世紀へのメッセージ』という本の中に、米国の中等教育用の教科書の記述の日本語訳が掲載されています。
引用します。

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Land of the Gods(神々の国)

Japanの子供たちは、学校で次のように学んでいる。

イザナギという権威ある神が、その妻のイザナミとともに Floating Bridge of Heaven(天の浮橋)の上に立った。
イザナギは、眼下に横たわる海面を見降した。
やがて彼は暗い海の中に、宝石を散りばめた槍(やり)をおろした。
その槍をひき戻すと、槍の先から汐のしずくが落ちた。
しずくが落ちると、次々に固まって、島となった。
このようにして日本列島が誕生した。

その島でイザナギは多くの神々を生んだ。
そのなかのひとりに、太陽の女神があった。
女神は孫のニニギを地上に降りたたせ、新しい国土を統治することを命じた。

ニニギは大きな勾玉(まがたま)と、神聖な剣と、青銅の鏡の三つを持って、九州に来た。
これらはすべて、彼の祖母から贈られたものであった。
これら三つの品物は、今日もなお、天皇の地位の象徴となっている。

ニニギにはジンムという孫があって、この孫が日本の初代の統治者となった。
それは、キリスト紀元前660年の2月11日のことであった

何百年もの間、日本人はこの神話を語りついできた。
この神話は、日本人もその統治者も、国土も、神々の御心によって作られたということの証明に使われた。
現在のヒロヒト天皇は、ジンム天皇のDirect Line(直系)で、第124代 に当たるといわれる。
かくして日本の王朝は、世界で最も古い王朝(dynasty)ということになる。

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繰り返しますが、これは米国の中学校の地理の教科書です。

地理教育というのは、戦後日本では、単に地名を丸暗記するだけの、きわめてツマラナイ教科になっていますが、もともとは日本では寺子屋の時代から、地理は、その地域の地名や歴史を学ぶことで、その地域への深い愛情を育むという目的を持った教科でした。

戦後、米国は日本の戦前戦中までにあったこの日本の教育方法を採り入れ、地理は、たいへんに人気のあるおもしろい教科になっています。
一方で残念なことに戦後の日本では、いまだに地理は社会科の中の一課目であり、ただの暗記科目とされています。これはとても残念なことです。

それにしても、日本人でも知らないようなことが、米国の義務教育で教えられているというのは、きわめておもしろい出来事であるように思います。

名越先生のこの本は、いまから33年前の昭和62年に展転社から刊行された本です。
手元に一冊残っています。

さて、上の文中に、
「イザナギは、眼下に横たわる海面を見降した。
 やがて彼は暗い海の中に、
 宝石を散りばめた槍(やり)をおろした」
という記述があります。

それが「アメノヌボコ」のことであるということは、すぐにお気づきいただけるものと思いますが、そのアメノヌボコは、古事記では「天沼矛」と書き、日本書紀では「天之瓊矛」と書かれています。
古事記でいう「沼矛」とは、「水辺で御神刀を捧げて祈りを唱えて神様をお招きする」という意味を持つ「沼」の矛、ということを示します。

一方、日本書紀の「天之瓊矛(あめのぬぼこ)」は、「瓊とは玉なり。これを《ぬ》と云う」と注釈がされています。(原文:此云努瓊、玉也、此云努)。
つまり、日本書紀は「瓊矛」を「宝石で飾られた槍」と書いているわけで、上の米国教科書は、日本書紀をベースにして、上の文を書いているとわかります。

実際、戦前戦中までの教科書でいう「国史」では、神話および古代史については、日本書紀が土台にされていました。
そしてこのことは、日本書紀が元正天皇に献上された養老4年(720年)の翌年から、同書が教科書として使われ続けたことに由来します。
つまり教科書としての歴史として、日本書紀は1300年もの実績を持つ、聖書を除けば、ある意味世界最古の教科書であったわけです。

戦後はGHQによって、この日本書紀に基づく国史教育が禁止され、このため「それでも神話教育は必要だ」と考える多くの人達によって、「日本書紀がダメなら古事記があるさ」とばかり、古事記にスポットライトが当たるようになりました。

さてもさても、日本で教えられない日本神話が、米国の中学校ではちゃんと教えられています。
内容は戦前戦中の我が国の国史教科書に基づくものです。
米国で教科書で教えられている日本の成り立ちが、なぜか日本ではまったく教えられていない。

その米国へ、留学や仕事で日本人が渡航するわけです。
すると彼らは待ってましたとばかり、イザナギ・イザナミとアダム・イブはどのように違うのか?などと聞いてくる。
ところが答える日本人は、イザナギ・イザナミといえば、ゲームのキャラクターくらいの認識しかない。

神話教育は、我が国の国民精神涵養の基礎になるものです。
すぐにとはいかないまでも、この先、しっかりと教育の場で教えられるように、我が国の教育制度を根幹から見直すべきであると思います。
それは、私たち日本人が、日本人としての根本的な常識を取り戻すということです。

お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


「大和心を語るねずさんのひとりごと」ブログより転載
http://nezu621.blog7.fc2.com/

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